なぜマックは急速に業績回復できたのか?

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2014年、2015年とどん底を味わった日本マクドナルドが、ビジネスリカバリープランの実施に伴い復活しつつある。サラ・カサノバ氏が日本マクドナルド社長に就任して以来、同社はどう変わったのか? 「スマイル0円」復活、戦略的閉店、店舗への投資など、復活の道筋について取材した――。

2014年7月、中国メーカー製の期限切れチキンナゲットを販売したとして大きな打撃を受け、さらに2015年1月に相次いだ異物混入問題がさらに深刻な客離れを起こした日本マクドナルドホールディングス(以下、マクドナルド)。1971年の創業以来、45年にわたって日本のハンバーガー文化をリードしてきた同社だが、しばらくは業績不振から抜け出せないのではないかと見られていた。

ところが、先頃発表された2016年1月〜9月の連結業績を見ると、全店売上高は対前年比17.2%増、経常利益は前年同期比257億円改善し34億円の黒字となった。これで4四半期連続で既存店売上高が前年比プラスになるなど、マクドナルドは急速に業績回復を遂げている。

“王者”マクドナルドはどのように急回復をなし得たのだろうか? ファウンダーの藤田田氏をはじめ、八木康行氏、原田泳幸氏、サラ・カサノバ氏という歴代社長のもとで働き、現在は代表取締役副社長兼COO(最高執行責任者)を務める“マクドナルドの大番頭”下平篤雄氏に話を伺った。

■2015年策定「ビジネスリカバリープラン」とは

――マクドナルドがどのように業績を回復してきたかについて伺います。先日、決算報告と一緒に配布された資料に、昨年(2015年)策定された「ビジネスリカバリープラン」が掲載されていました。

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▼ビジネスリカバリープラン
(1)よりお客様にフォーカスしたアクション
  ・メニュー
  ・バリュー
  ・お客様とのつながり
(2)店舗投資の加速
(3)地域に特化したビジネスモデル
(4)コストと資源効率の改善

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4項目のうち、特に最初の3つについてお伺いしたい。まず、「よりお客様にフォーカスしたアクション」とは、具体的にどのようなことでしょうか?

【下平】はい。我々がまず着手したのは、お客様の声を聞くきちんと聞く体制や組織を作ることです。サラ・カサノバは昨年(2015年)1年間で47都道府県すべてに足を運び、お客様から直接さまざまな声を聞いています。特に、お店に来ていただけなくなったファミリーのお客様からは数時間にわたって改善点を聞きました。厳しい意見もありましたし、新たな発見もありました。こうしてお客様とコミュニケーションを行う機会を作ることが我々には重要だったのです。

――どのような声が届きましたか?

【下平】品質に関するものが一番多かったです。社内で行ってきた取り組みをお客様に説明したのですが、なかなかご理解いただけなかった。それが我々にとっては発見でした。例えば原材料の産地やアレルギーに関する情報は以前から公表していましたが、ホームページで公表してもお客様の目には止まりません。それは我々のおごりでした。そこでQRコードを包装紙につけ、携帯ですぐに情報を見られるような仕組みを作りました。

また、品質管理は世界基準に照らし合わせて努力していたつもりでしたが、もっとレベルを上げなければいけないと痛感しました。それから、すべてのサプライヤーさんにご協力いただいて、生産からお店までのプロセスをすべてチェックし直しました。もともと行っていたことなので大きな変更はなかったのですが、チェックの頻度をアップするなど万全の態勢で100%の品質を目指しています。

私どもの意見だけでは自己満足になってしまうので、第三者機関「食品安全専門会議」を設置しました。また、すべてのサプライヤーさんが参加する「食の安全サミット」を2回開催しています。12万人の店舗スタッフにも再度、品質管理についてトレーニングしてもらいました。第三者機関による全店舗の抜き打ちテストも2回行っています。とにかく、やれることは全部やりました。

マクドナルドならではのハンバーガーを提供

――メニューについては、どのような方針でしたか?

【下平】“マクドナルド・ユニーク・ハンバーガー”、つまりマクドナルドならではのハンバーガーを提供していくことを第一に考えています。おかげさまでこの2年の間に、グランドビッグマック、必勝バーガー、クラブハウスバーガー、満月チーズ月見など、数々のヒット商品が生まれ、お客様からも高い評価をいただいております。

――ヒット商品の鍵になっているのはどんなことでしょう。

【下平】美味しさと価格、両方です。「美味しい商品をお得な価格で」が、これまで我々が成功してきた考え方です。これをレベルアップしなければいけません。美味しさとバリュー(=お得感)のバランスをとっていかないと、お客様から支持をいただけないと思っています。

お得感という意味では、200円台のバーガーがなかったので、2015年5月に100円、150円、200円の「おてごろマック」を発売しました。この新しいラインが非常に好評で、合計1億個以上販売しています。

■ターゲットは全方位。他社の動向に影響は受けない

――ターゲットにしている年齢層や客層はあるのでしょうか?

【下平】マクドナルドの場合、全時間帯、全年齢層、あらゆる客層を考慮しなければならないと考えています。「若い人だけ」とか「サラリーマンだけ」という考え方はしていません。

美味しさ、お得感、お店の雰囲気、スタッフのサービスなど、あらゆる要素が重要です。同じハンバーガーでも、きれいな店で気持ちよく食べるのと、汚い店で食べるのとでは、大きく印象が変わりますよね。スタッフのちょっとした笑顔があれば、ハンバーガーの価値も変わってきます。単純に値段だけ、味だけではなく、総合的な価値を全部追い求めていかなければいけないというのが我々の考えです。

――グルメバーガーが流行していますが、日本人のハンバーガーへの意識は変わってきたと思いますか?

【下平】かなり変わってきていると思います。ただ、グルメバーガーも含めて、他社さんの動向に影響されて方針を決めることはありません。マクドナルドらしい、お客様に少しでも満足していただけるハンバーガーを提供していきたいと考えています。

■“クリンリネス”の大切さ

――「ビジネスリカバリープラン」の2番目の項目は「店舗投資の加速」です。

【下平】お客様に最高の店舗体験をしていただくには、「QSC」と「バリュー」がとても重要だと考えています。QSCとは「Quality, Service, Cleanliness(クオリティ、サービス、クリンリネス)」のこと、バリューとは「お店でどのような価値を感じていただくか」ということです。特に「Cleanliness」には力を入れました。どんなに厳密な品質管理を行っても、どんなに美味しいメニューを開発しても、このQSCが不足していれば無意味だと我々は考えています。

我々も今までの成功体験をもとに力を入れてきましたが、お客様が求めるレベルがどんどん高くなってきていると感じます。それだけお客様がどんどん成長しているのでしょう。我々が考えていたレベルを超えた期待をいただいていると思います。

――店舗投資とは、どのような部分に行われているのでしょう?

【下平】大きなアクションが2つあります。1つは店舗の改装。お店の古いデザインを変えたり、破損しているテーブルや椅子を変えたりします。昨年は400店舗、今年は500〜600店舗を改装しました。

実はオーナーオペレーター(筆者注:フランチャイズ法人の経営者)には、改装に二の足を踏む方もいらっしゃいました。キャッシュフローが厳しいところに、さらに改装して投資するわけですからね。そこはよく話し合って、今後の成長のために投資をお願いしました。本社からも金銭的なサポートは行っています。ただ、実際に改装すると、驚くほど店が変わるのです。オーナーさんも驚きますし、お客様が来店する機会にもなります。

もう1つはオペレーションの改善です。まず、清掃のオペレーションを大きく変えていきました。大勢のお客様に来店いただくと、すぐに散らかってしまいます。今まではスタッフがカウンター業務の合間に清掃を行っていましたが、今は客席に常駐して清掃を行っています。それに加えて、マクドナルドオリジナルの清掃道具を開発しました。

――オリジナルの清掃道具ですか?

【下平】はい。これが意外に効果がありました(笑)。これまで店内を掃除していたブラシはかなり大きかったのですが、大きいとかえってブラシ自体の汚れが目立つので、「オシャリーナ」という市販の小さなホウキをマクドナルド用にアレンジしてもらい、昨年の5月から7月にかけて全店舗に配布しました。業者の方に協力していただいて、道具の使い方の講習会も行っています。

あとは、手拭き用のふきんと洗浄液のスプレーを入れた小さなポーチを持った店員が常にテーブルなどを清掃しています。清掃だけでなく、お客様とコミュニケーションを取ることもあります。こうしたきめ細かい対応で、店の清潔さのスコアは順調に上がっていると感じています。

■「スマイル0円」の復活

――では、QSCの「Service」の面についてはいかがでしょう?

【下平】店員のマニュアルの改善を行いました。たとえば、お客様が増えて挨拶ができなくなっていたので、必ず挨拶をするようにマニュアルを変更しました。「スマイル0円」も、いつのまにかなくなってしまっていたので、昨年(2015年)5月に復活させました。こうした取り組みによってServiceのスコアも上がっていると感じています。QSCのスコアとセールスのスコアは明らかに連動していますね。

――スタッフの採用に関してはいかがですか?

【下平】採用に関しても、この2年でかなり力を入れてきました。QSCを充実させるためには、やはり人材が重要だからです。採用キャンペーンの一環としてアニメを制作したり、AKB48の横山由依さんに協力していただいたりと採用の強化を行っています。また、トレーニングマニュアルの改訂もどんどん進めています。

――客の変化ということを先ほどお話されていましたが、ハンバーガーショップが生まれてから40年が経過し、客の年齢層も上がって成熟しているのではないかと思うのですが、そのあたりはいかがでしょう?

【下平】変化はあると思います。もともと日本にはハンバーガーという食文化がなかったわけですからね。ファウンダーの藤田(田)さんはよく「日本の外食文化を変えるんや!」と叫んでおりました(笑)。今はかつてのように安ければ良いという時代ではなく、美味しいものにはお客さんがちゃんと対価を払う時代が来ていると思います。変な商品は出せません。

――下平さんは、藤田田さんの時代から歴代社長のもとでお仕事をされてきたと聞いています。原田社長時代とカサノバ社長時代で大きく変わったことは何でしょうか?

【下平】マーケットも違いますし、我々のビジネスモデルも大きく変わっていますので、単純には比較できません。東日本大震災以降、マーケットはさらに大きく変わりましたし、それはカサノバの時代になってから顕著に表れていると思います。組織のあり方もコミュニケーションのあり方も変化しました。そういう変化も含めて、ビジネスリカバリープランを遂行しているわけです。

■10年ごとにマーケットは変わっている

――では、現在のマーケットをどのように捉えていますか?

【下平】マーケットは地域ごと、場所ごとに大きく違っていると思います。その違いをきめ細かく捉えないといけない時代になりました。たとえば、ドライブスルーの店、カウンターだけの店、ショッピングモールの中の店など、お店によってお客様も売れ方もスタッフの採用の仕方もまったく違います。マクドナルドという一つのブランドですが、中身はまったく違うビジネスモデルということがあるのです。

――それがビジネスリカバリープランの3番目の項目「地域に特化したビジネスモデル」ですね。

【下平】成熟したマーケットにおいては、同じ都市でも街によってまったくビジネスモデルが違う場合があります。そのとき、一緒に店づくりをしていくのはフランチャイジーのオーナーさんです。長年その街に住んで、地域に貢献しているオーナーさんにしかできない店づくりがあります。オーナーさんたちと一緒に店づくりを行っていくのが、我々の戦略の一つです。

現在はフランチャイジーの比率が68%になり、10年前と逆転しました。地域に特化したオーナーさんですから、組織も地域に特化しなければいけません。そこで、昨年から地区本部制度を復活させて、フランチャイジーを支える活動を行っています。こうした部分は、あまり目立ちませんが、マクドナルドの土台を支える部分だと考えています。

――ある時期まで、大型店を含めて閉店がとても目立っていました。今後は店舗を増やしていくのでしょうか?

【下平】戦略的閉店は今年で終了しました。これから成長の段階に移行することになりますが、まだまだ既存店への投資が十分に終わっていません。既存店を改装し、QSCを上げて、新たな人材を採用してトレーニングを行う時期だと考えています。今は店舗を増やすというより、土台の部分を強固にしていきたいですね。

振り返ってみると、10年ごとにマーケットは大きく変わっています。それまで成功していたビジネスモデルが通用しなくなるときが来る。ドライブスルー店舗は、ずっと成功していましたが、ある時期から通用しなくなりました。ならば、また新しいビジネスを考える。マクドナルドの45年の歴史は、ずっとその繰り返しです。どんどん変化できることが、マクドナルドの強みだと思います。落ち込んだときこそ、成長の契機なのです。

■「変われること」がマクドナルドの強み

――変化できずに失速していく大企業が多い中、どうして変化していくことができたのでしょう?

【下平】我々は自分たちのことを大企業だなんてまったく思っていません。一介のハンバーガー屋さんですよ(笑)。グローバルブランドの栄光だけで商売はできません。地域を大切にして、お客様一人一人を大切にしない限り、成功は絶対にないでしょう。こうした考えの下で、QSCの向上も、メニュー開発も、地域に特化した戦略も、一貫して通してできたことが、2年間という短い期間で復活できた要因だと思います。ただ、お客様の変化にあわせてマクドナルドも変化していかないと、すぐに置いていかれてしまうでしょうね。

(大山 くまお)