停戦中に起こったアメリカによるシリアへの空爆。米側は誤爆だと弁明しましたが、ロシアは意図的に行ったものだとの見方を示し、これを境に米ロ関係は急激に悪化、という最悪の事態に直面しています。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者でモスクワ在住の北野幸伯さんによると、当地の国営メディアは「ロシアアメリカと戦争をする準備を始めた」と報じたとのことなのですが…、この先一体どのような展開が待ち受けているのでしょうか。

ロシアは、アメリカと戦争する準備を開始した

ロシアには「言論の自由がない」といわれます。そのとおり。しかし、ロシアのメディアも、使い方によってはいろいろ役に立つことがある。というのは、国営テレビのニュースで報じられる内容は、クレムリンの方針と完全に一致している。つまり、クレムリンの意志を知りたければ、ロシア国営メディアのニュースを見ればいいということになります。

先日(10月9日)、ロシア国営テレビRTRの「ヴェスティ ニデーリ」で、仰天情報が流れていました。「ロシアは、アメリカと戦争する準備を開始した」というのです。

混迷するシリア情勢

2011年から内戦がつづいているシリア。ロシア、イランは、アサド現政権を支持しています。一方、アメリカ、欧州、サウジアラビア、トルコなどは、「反アサド派」を支援しています。

2013年8月、オバマは、「シリアに軍事介入する!」と宣言しました。もちろん「アサド政権を打倒するため」です。しかし、当初賛成していたイギリスもフランスも反対にまわり、結局翌9月、戦争をドタキャンして、世界を驚かせました。アメリカは、「シェール革命」で世界一の産油・産ガス国になっている。それで、中東への関心が薄れているのです。

「反アサド派」は分裂し、そこから出てきた「イスラム国」(IS)が勃興した。彼らは、外国人を捕まえて公開処刑し、それをネットに流すなどして、世界を恐怖に陥れました。

2014年8月、アメリカはISへの空爆を開始します。しかし、「ISはアサド政権とも戦っている」ということで、アメリカの空爆は気合が入りません。ISは、ますます勢力を拡大していきます。

2015年9月、今度はロシアがIS空爆に参加。ロシアの目的は、アメリカとは逆に「アサド政権をISから守ること」。それで、ISの石油インフラを容赦なく破壊しつくした。ISは弱体化し、メンバーの多くが、難民にまぎれて欧州にわたった。そして、欧州では毎週のようにISのテロが起こるようになっていきます。

さて、アメリカの優先順位は、中東からアジアにシフトしています。特に2015年3月の「AIIB事件」(=イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、イスラエル、オーストラリア、韓国など親米諸国がアメリカの制止を無視して中国主導AIIB参加を決めたこと)の後、アメリカは「中国バッシング」に全力を注ぐようになっていた。それで、ウクライナ問題はおさまった。

シリアでは2016年2月、アメリカロシアの努力で、停戦が実現しました。しかし、後に崩壊。それでも、アメリカのケリー国務長官とロシアのラブロフ外相は、「付き合い始めたばかりの彼氏彼女」のごとく、頻繁に会い、しょっちゅう電話し、シリア和平の話し合いを続けてきました。

2度目のシリア停戦崩壊と、米ロ対立

9月9日、アメリカロシアは、2度目の「シリア停戦」で合意します。9月12日、停戦合意が発効しました。ところが9月17日、事件が起こります。

<シリア誤爆>米露の確執、拡大必至 国連で非難応酬

毎日新聞9月18日(日)22時46分配信

【ニューヨーク会川晴之、モスクワ真野森作】

 

内戦が続くシリアの東部デリゾールで17日、米国主導の有志国連合による誤爆とみられる攻撃でシリア軍が60人以上死亡する事件が起きた。今後、シリアのアサド政権を支援するロシアと、その排除を目指す米国の確執が強まるのは確実だ。

 

12日に停戦が始まったばかりのシリアの和平を目指す取り組みは、再び岐路に立たされた。

アメリカの空爆で、ロシアが支援するアサド軍の兵士が60人以上死んだ。アメリカは、「誤爆だ」と説明しましたが、ロシア側はこれを信じていない。カーター国防長官が、「停戦をぶち壊すために、わざとやらせた」というのが、ロシアの見方です。

「ヴェスティ ニデーリ」によると、アメリカ国防総省は、シリア内戦の継続とアサド政権打倒を目指している。アメリカ国務省のケリーさんは、「反アサド派が体制を立て直す時間を稼ぐためにウソをついている」。つまり、カーター国防長官が、ケリー国務長官をあやつっていると。

私の見方は違います。

オバマとケリーさんは、中国問題に集中するために、シリア内戦を終わらせたい。それで、ロシアと共に和平を推進する。ところが、国防総省は、和平に反対している。国防総省はオバマの意志に反しているが、レームダック・オバマは動けない。

9月19日、アサドは「停戦終了」を宣言します。

アサド政権軍、「停戦終了」を宣言 アレッポで空爆再開

朝日新聞デジタル9月20日(火)12時56分配信

 

シリアのアサド政権軍は19日、米国とロシアの仲介による合意で今月12日に発効した停戦が終了したと宣言する声明を発表した。反体制派も停戦が守られていないとアサド政権を批判した。

 

北部アレッポで政権軍かロシア軍によるとみられる空爆が行われた模様で、死傷者が出たとみられる。

 

停戦が完全に崩壊すれば2度目となり、内戦終結へ向けた和平協議の再開は一層困難になると予想される。

1週間の短い停戦でした。ここからアメリカロシアの「和解ムード」は、急速に変化していきます。国連安保理は、米ロの「非難合戦」の場と化した。

ロシア、国連でのシリア緊急会合めぐり英米に反発

AFP=時事9月26日(月)20時28分配信

 

【AFP=時事】戦闘が再燃しているシリア情勢をめぐる国連安全保障理事会(UN Security Council)の緊急会合で、シリアで「蛮行」と戦争犯罪を行っているとしてロシアを非難した米国と英国に対し、ロシア側は26日、強く反発した。

10月3日、アメリカは「ロシアとの停戦協議をやめる」と発表します。

米、シリア停戦協議中止 「ロシアが約束守らず」

朝日新聞デジタル10月4日(火)13時45分配信

 

事実上停戦が崩壊しているシリア内戦を巡り、米国務省は3日、ロシアとの停戦に向けた協議を中止すると発表した。米ロが仲介した停戦は今年2月に続いて再度、名実ともに失敗に終わった。

アメリカとの対立を激化させるロシア

ここから、ロシアは、あらゆる面で強硬になっていきます。

まずプーチンは10月3日、「余剰プルトニウムの処分に関する米国との合意」を停止する大統領令を出した。

ロシア>米との合意停止 余剰プルトニウム処分で

毎日新聞10月4日(火)12時43分配信

 

【モスクワ杉尾直哉、ワシントン会川晴之】ロシアのプーチン大統領は3日、米露の核軍縮合意により生じた余剰プルトニウムの処分に関する米国との合意を停止する大統領令を出した。「米国の非友好的な行動の結果、状況が根本から変化した」としている。

「米国の非友好的な行動の結果、状況が根本から変化した」

この「非友好的な行動」とはなんでしょうか?

プーチン氏は3日、米露合意を破棄する法案を露下院に提出した。提出理由として、米側が余剰プルトニウムを発電で消費せず、合意に違反して「貯蔵」しようとしていると指摘。さらに、米国による

 

東欧・バルト3国の軍備強化ウクライナ問題を巡る対露制裁ロシア国内の人権侵害に対して米国が制裁を科す「マグニツキー法」(12年成立)

――などを列挙した。

(同上)

恐ろしいのは、プーチンが、「状況が『根本から』変化した」と言っていること。ロシア国営テレビRTRの「ヴェスティ・ニデーリ」は、「アメリカでは、プランBが検討されている」と報じています。

「プランB」とは何でしょうか? 米軍が、直接アサド軍を攻撃し、アサド政権を打倒すると。イラクと同じパターンですね。そうなると、アサドを支援している、「ロシア軍とも戦争になる」のではないでしょうか????

司会者のキシリョフさんは、

アメリカ軍がアサド軍を攻めるロシア軍は、アサド軍側についてアメリカ軍と戦う

こういう可能性があると断言します。10月4日、クリミアのセヴァストーポリから、3隻の軍艦が出港しました。キシリョフさんは、「プランBに備えて」と断言。つまり、「アメリカ軍と戦うため」ということ。続いてロシアは、シリアに地対空ミサイル「S300」を配備します。

ロシア、シリアに最新鋭の地対空ミサイル配備

読売新聞10月5日(水)22時56分配信

 

【モスクワ=花田吉雄】インターファクス通信によると、ロシア国防省は4日、シリア国内のロシア海軍の補給拠点がある北西部タルトゥスの海軍基地に最新鋭の地対空ミサイル「S300」を配備したと発表した。露国防省報道官は声明で「海軍基地の防衛のためで、脅威となるものではない」としている。

 

一方、米国防総省のクック報道官は4日の記者会見で、ロシアが掃討対象としているイスラム過激派組織が航空戦力を保持していないとして、「何が目的なのか疑問を持たざるを得ない」と疑念を示した。

アメリカからは、「反アサド派は、航空戦力をもっていない」「なぜS300を配備するのか?」と当然の疑問が出ています。

これ、キシリョフさんによると、「アメリカが、アサド軍を攻撃しようとしているから」、つまり、「アメリカがアサド軍を空爆したら、撃ち落とすぞ!」と警告している。要するに、「ロシアは、アサドを守るためにアメリカ軍と戦う用意があるぞ!」と脅している。

10月9日、国連安保理は、アレッポ上空の軍用機飛行禁止と空爆停止を求める決議案を採決し、ロシアは拒否権を行使しました。

安保理、シリア空爆停止否決 露が拒否権行使

産経新聞10月10日(月)7時55分配信

 

【ニューヨーク=上塚真由】国連安全保障理事会は8日、シリア北部アレッポ上空の軍用機飛行禁止と空爆停止を求める決議案を採決し、常任理事国のロシアが拒否権を行使して否決された。

 

シリア情勢をめぐっては、アサド政権軍の後ろ盾となるロシアと、反体制派を支援する米国の対立が激化しており、安保理の機能不全も深刻化している。

空爆しているのは、ロシアが支持するアサド軍ですから。

そして、10日、ロシアはシリアの海軍基地を「恒久化する」と発表します。

シリア海軍基地を恒久化=ミサイルなど搬入─ロシア

時事通信10月10日(月)22時45分配信

 

【モスクワ時事】タス通信によると、ロシア国防省高官は10日、地中海沿岸のシリア西部タルトゥスに恒久的なロシア海軍基地を設置する方針を明らかにした。

米ロ関係悪化の影響

このように米ロ関係は急速に悪化してきました。どんな影響があるのでしょうか?

まずアメリカですが、ロシアとの和解を主張しているトランプさんには、不利に働きそうです。2回目のトランプーヒラリー討論でも、ヒラリーはロシアを非難しましたが、トランプは、「プーチンとIS掃討で協力するべきだ」という従来の主張を繰り返しました。

日本ですが、アメリカが「プーチン訪日をやめろ!」と圧力をかけてくる可能性があります。あるいは、あまりにもレームダック化が進み、黙認になるかもしれませんが。

そして、米ロ対立でもっとも得をするのが中国です。またもや「戦う二虎(米ロ)を、山頂から眺める」、ナイスなポジションにつける中国。

愚かなのは、「真の強敵の存在」に気づかない米ロですね。

image by: Oleg Pchelov / Shutterstock.com

 

ロシア政治経済ジャーナル』

著者/北野幸伯

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出典元:まぐまぐニュース!