大企業で起きている「副業革命」 一つの場所にい続けるべきではない理由とは

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 『Forbes JAPAN』副編集長兼シニアライターでノンフィクションライターの藤吉雅春さんによる『福井モデル 未来は地方から始まる』(文藝春秋刊)は、日本の先端を行く富山県富山市や福井県鯖江市への入念な取材をもとに書かれたルポであり、北陸の強さを深く理解できる一冊となっている。
 今回、新刊JPはオーディオブック版『福井モデル』配信に際し、藤吉さんにインタビューを敢行。前編に引き続き、後編をお伝えする。
(取材・文:金井元貴)

――藤吉さんは「週刊文春」の記者を経て、ノンフィクションライターとして独立されます。やはり取材が情報収集の起点になると思いますが、取材する際にどのようなことを大事にされていますか?

藤吉:とりあえず相手の話を聞かないと始まらないので、どんなに苦手な人でも会って話を聞きます。また、話してもらう雰囲気作りは気を使いますけれど、もしその場で疑問が浮かんだり、おかしいと思ったりすることがあったら、遠慮せずに「それは変ではないか」と聞いてしまいますね。相手は怒るかもしれないけれど、本音で話し合うべきでしょうし、そうすることで本当の問題が何か分かることが多いんです。仲良くなることもありますしね。シナリオをあまりつくらず、想定外を楽しむようにしています。

――かなり場に慣れていないと想定外を楽しむのは難しいように思います。

藤吉:確かに若い頃はなかなかできませんね(苦笑)。当時は思い込みが強かったというか、新聞ではこう書いてあったと鵜呑みにしていくと、実はそれが違っていたということもありました。だから心に浮かんだことは、何でも聞いてしまったほうが良いと考えたんです。

――この取材相手はなかなか口を割らずに手ごわかったという人のエピソードを教えて下さい。

藤吉:話してもらえないとか、口が堅いとか、うまくいかないこともありますけれど…。でも具体的な個人ではないのですが、取材慣れしている人は難しいですね。定番の答えを用意されていて、どこかで読んだ話をするので、わくわくしないんです。
そういう意味で、『福井モデル』が自分の仕事と合っていたと思うのは、富山や鯖江で生きている市井の人々の声をたくさん拾えて、生きた町の様子を知ることができたからかもしれません。市民の方々は一人ひとり違う生き方をしていて、それぞれ想いを持っている。市民目線での話を聞けたことは良かったです。

――藤吉さんは現在、副編集長兼シニアライターとして『Forbes JAPAN』に在籍されていますが、そちらのご活動はいかがですか?

藤吉:実はもともと副編集長になる予定はなかったのですが(笑)。机に座っている仕事は性に合わないというか、外に出て人の話を聞くのが好きなんだと再確認しました。
でも、『Forbes』は世界富豪ランキングで有名な経済誌で、テーマは「お金」なんですね。その「お金」がどのようにまわっているのかを知ることは、人間の生活行動を知ることでもあって、経済は人々の営みそのものなんです。その中で、普段会えない人にも会えるのでとても面白い現場だと思います。

――『Forbes JAPAN』はウェブ版もあります。ウェブメディアが乱立し、誰でもライターやジャーナリストになれるようになった中で、これまで活躍していたジャーナリストが苦境に立たされているという話も聞きます。

藤吉:『Forbes JAPAN』の編集をしていても思うのですが、ウェブメディアの文化は、紙の文化とは違いますよね。文章の書き方もまったく異なる。
読者が名文家や名ジャーナリストと出会う機会もどんどん減っているように思いますし、今おっしゃった「誰でもライターやジャーナリストになれるようになった」ということは、その文章や情報のレベルが全体的に下がっていくということでもあると思います。その中で、ジャーナリストがどのように情報を発信していくかということは、極めて重要な課題だと思います。
また、それはジャーナリストだけに言えることではなく、ビジネスマンにも同じことが起きていると思います。どこかの企業に所属していれば安泰だという時代ではなくなりつつある中で、自分の腕をどう磨き、社会の中で生かしていくかという課題はどの人にも当てはまるはずです。今、「副業革命」が起きていると思っていて、大企業でも副業を認めるケースが出てきているんです。その副業を通して、別の組織を見てみたり、自分がいる業界とはまったく異なる人と話してお互い刺激を与えあうわけですね。一つの場所で腕が磨かれる時代は終わり、会社の外で別の視点を得ることも大事だと思いますね。

――今のお話は『福井モデル』にも通じると思います。「地域」というくくりで言えば、いろいろな職業の人がいますし、いろいろな境遇の人もいます。そういう人たちがお互いに助け合いながら知恵を働かせることで、より良い町づくりが可能になると思うんですね。

藤吉:ダイバーシティという言い方もできますが、いろいろな人がいて、視点を切り替えることができるのはすごく重要だと思います。縄文文化が発達した理由の一つに、身体に障がいを持った人たちと一緒に暮らすようになり、そこで知恵を働かせたことがあるといわれています。考えることで文化を生んでいったわけですね。

――本にも出てきますが“「若者」「よそ者」「バカ者」”が町づくりに必要な存在であるという鉄則がありますね。

藤吉:異質な人を排除しない。受け入れたほうが自分のためになるんです。よその人と付き合えば、その人の知恵をタダでもらえるわけですから。使える能力はみんなでシェアしたほうがよりよくなるはずです。

――最後に、『福井モデル』がオーディオブックとして配信されました。特に力を入れて聞いてほしいところはありますか?

藤吉:『福井モデル』は「過去」「現在」「未来」「未来の為に何が必要か」という4つの章で構成しています。「過去」が、どのように政策を作ってきて、なぜこんな世の中になったのかを東京・霞が関に入り込んで書きました。「現在」は富山県富山市を例に、そして「未来」は福井県鯖江市を例にしていますが、どうして福井が「未来」なんだと言われると、地味で完璧ではないながらも、その穴を埋めようと常に努力することを何百年も続けているからです。富山は観光地としてもスポットが当たりつつありますが、鯖江はそれがない。そんな中で、鯖江は市民が自助努力をしながら新しい産業を生み出せているわけですね。では、その裏には何があるのか。「未来の為に必要なもの」として教育を挙げています。ぜひ読んでほしいのですが、福井では日本の他の地域とやっている教育がまったく違うんです。私も授業を一度拝見したのですが、驚きましたね。子どもに戻れたら、こういう教育を受けてみたかったと思いました(笑)。全国学力テストでトップになるのも頷けます。教育の話はお子さんがいらっしゃる方にもお勧めしたいですし、日本のためにも福井の教育について興味を持って聞いていただければ嬉しいです。

(了)

■藤吉雅春さんプロフィール
1968年佐賀県生まれ。「週刊文春」記者を経て、ノンフィクションライターとして独立。2011年に一般財団法人「日本再建イニシアティブ」の民間事故調「福島原発事故独立検証委員会」ワーキンググループ参加。著書に『ノンフィクションを書く!』(ビレッジセンター出版局)など。文化放送『福井謙二グッモニ』火曜日コメンテーター。2014年に創刊した『Forbes JAPAN』副編集長兼シニアライター。『福井モデル』は今年、韓国でも出版される。八重洲ブックセンターノンフィクション部門2位(2015年6月第三週)、amazonの政治社会分野で最高位2位、地域開発分野で最高位1位。

■『福井モデル』オーディオブック版配信ページ(FeBe内)
http://www.febe.jp/product/232569