喜多川歌麿《歌満くら》天明8(1788)年 個人蔵-「【春画展】これぞ究極のエロス! “春画ワールド”に酔いしれる超耽美なアート展日本初上陸」

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永青文庫で開催中の「春画展」の入場者数が12月13日現在で18万人を超えました。18歳未満入場禁止のオトナの展覧会にして驚異の数字です。

【春画ギャラリー】あの名画の、ちょっとエッチな“擬音”&制約の美

展覧会と合わせて楽しめる『SHUNGART』の編集執筆を手がけた、主に日本美術のライターで編集者の橋本麻里さんに「江戸のポップアート」と称される春画の魅力を尋ねました。

「春画」は江戸時代の“イケてるグラフィック”

「世界が、先に驚いた。」というキャッチコピー通り、この展覧会は、2013年秋から2014年初めにかけて大英博物館で開催されて約9万人を動員した「春画 日本美術の性とたのしみ」を受けて企画されたもの。

大英博物館とロンドン大学、国際日本文化研究センター、立命館大学の共同プロジェクトなのですが、日本では会場探しが難航し、永青文庫の理事長・細川護熙氏が手を差し伸べてようやく今年9月から始まりました。

イギリスでは「ユーモアや情感、遊び心があり、日本人の印象が変わった」という声も聞かれ、入場者の半数が女性だったそう。日本初となる今回の春画展でも、特に若い女性たちが絵の美しさを賞賛。
同人誌などのアマチュア作家たちも「現在のエロティシズム表現のすべてがある!」と盛り上がっています。「とにかくまず絵を見てほしい」と橋本さん。

「春画には専門の絵師がいたわけではなく、表の浮世絵で知られている絵師が、裏の春画も描いていました。なかでも喜多川歌麿は一人抜きん出てうまい!
着物の柄の下に肌を透かす表現や、毛髪の表現は、浮世絵師、彫師、摺師らそれぞれの腕の見せどころです。当時流行っていた、鬢(耳側の髪)を1本1本透かすような髪型(灯籠鬢)の、髪の生え際の細い毛描きや、陰毛のちぢれた線などに、ご注目いただきたいと思います」

実はこんなストーリーが書いてあった!

「有名な葛飾北斎の「海女と蛸」の図は一枚で完結した作品と思われがちですが、《喜能会之故真通(きのえのこまつ)》と題し、複数枚の絵で構成された揃い物の中の1枚。『SHUNGART』では、日文研(国際日本文化研究センター)の春画コレクションから、江戸時代の木版画に焦点を絞り、菱川師宣をはじめ16人のスター絵師による揃い物を選び抜きました。詞書や書入れの現代語訳もすべて収録。春画の歴史を俯瞰しながら、絵と言葉の両方を楽しんでいただけます。
歌川国貞のように『源氏物語』のパロディもあれば、北斎のように擬音満載のものもあります(笑)」

春画はグラビア、スキャンダル誌!?

注文による高価な肉筆画を楽しめるのは、平安時代から長い間、貴族や上級武士などの上層に限られていました。しかし、江戸時代には木版画を用いて安価で大量に生産できるようになり、浮世絵および春画が一般庶民にも広まっていきます。

橋本さんはこれを「いわば、日本のポップアートの始まり」と呼びます。

「春画を含む浮世絵は、歌舞伎役者のブロマイドのようにピンナップとして楽しむものもあれば、スポーツ新聞やファッション誌のグラビア、スキャンダル記事やグルメ情報など、一般に流通する情報誌(紙)の役割を果たすものとして捉えるといいと思います」

禁断の恋!? ワンナイト、BLに百合…シチュエーションも色々

浮世絵の始祖・菱川師宣の春画は、モノクロームの墨摺に手彩色。《恋のはなむらさき》には町民夫婦、公家のカップル、武家の若殿と奥女中など多様な人物を登場させて、色の道は普遍と説き、その後の典型的なスタイルを確立しました。女性が積極的にも見えます。

「江戸時代、本当のモテ男は自分から声を掛けにはいかないので、女性から仕掛けることも普通にありました。社会の階層は厳しく分かれていますが、建前を守りつつ裏ですり抜ける通路も用意されていた。例えば建前上、商家の娘は武家に嫁げませんが、いったん武家の養女になれば、そこから嫁ぐことはできます。
ワンナイトラブから嫁入りまでさまざまな恋愛/性愛の形があり、ジェンダーや社会階層が細かく分かれている世界だったからこそ、多彩なシチュエーションが描かれたんですね」

「春画はサイズ的にも手元で、そして個人で見ることが多かったと思います。カップルが床入り前に気分を高めるために使っている様子を描いた春画もありますが、本当にそう使われたかどうかはわかりません。版元の販促かもしれないし(笑)」

「錦絵」と呼ばれる多色摺を発展させた鈴木春信は、中性的で少女漫画のような絵柄。

「ジェンダーの考え方が、西洋のキリスト教的価値観が浸透していく近代以降とはだいぶ違いますね。成熟していて一人前の強い立場にある者が、より未熟な者をかわいがる行為がごく普通にあり、相手は同性でも異性でもいいんです」

春画は「笑い絵」とも呼ばれ、ユーモラスな表現も好まれました。「《風流艶色真似ゑもん》は、読者が小さいまねゑもんの視点で他人の房事を覗き見る、感情移入できる仕掛けが施されています。春信以外に見られない表現です」

「鳥居清長の《袖の巻》はグラフィックとしてすごくうまい! 春画には柱に貼ったり掛けたりする「柱絵」という判型がありますが、顔と性器を主役として同じ大きさで正面から描くという春画に特徴的な描写を踏まえながら、こうした極端に細長い画面を効果的に使っています」

なかには脱臼しそうなポーズもあり、役者絵や武者絵では描けない人体表現を、絵師はイマジネーション豊かに楽しんだのではないでしょうか。

「しっとり、淫靡だけじゃない。絵師の個性がどうしても出てしまいますよね。
例えば歌川国芳は、『水滸伝』など侠客ものの武者絵で人気を得た浮世絵師、今で言えば宮下あきらの『魁!! 男塾』みたいなテイストのまま、春画も手がけているんです。必殺技、『ギャラクティカ・マグナム』が飛び出す車田正美『リングにかけろ』のような世界で、登場人物を女性役にして、ムリヤリ『水滸伝』として描いてしまうノリが楽しめます」

《華月帖》は、大阪の挿花師・亀齢軒(きれいけん)がプロデューサーとなり、狩野派・土佐派・円山四条派が描いた、いわば“トリビュートアルバム”。影絵仕立てで京都画壇らしいエスプリを感じさせます。

制約があるからこそ、“ギリギリ”の模索で生まれた“美”

江戸時代も幕府による出版統制はありましたが、春画は地下出版物として、奥付に版元や絵師を記さず、貸本など別のルートで流通されるようになりました。

風紀を乱すものだけでなく贅沢な印刷物も禁じられていきますが、コレクターや好事家たちが出資して、雲母刷りや空押しなどを施した、豪華な印刷物をつくることができた。そんななかで絵師はもちろん、彫師や摺師も腕を発揮していきます。

「春画はやはり表沙汰にするものではなく、本音と建前はしっかり分ける。その上で、しかるべき場所・タイミングで個人で楽しむ分にはどうぞということ。ゾーニングがきちんとされていたんですね。限られた条件だからこそ磨かれる超絶技巧、ギリギリでどこまで見せられるかなど、知恵を働かせるのも面白い。なんでもやっていいとなるとつまらなくなる気もします」

遡れば、古墳時代の埴輪にも性器を誇示したものがあり、法隆寺の天井板の裏側にも大工が遊びで描いた性器の絵もあるそうです。
性器や性愛の表現には豊穣や吉祥、コミュニケーションや笑いなど多彩な意味があり、『古事記』に記された国生みの神話にはじまって、さまざまな形の性愛が日本の文化の中に存在してきました。

「春画の中に、ただのカップルではない、『源氏物語』の藤壺と光源氏の関係がほのめかされていれば、伝統ある『禁断』の関係だけに萌える。(※藤壺は源氏の義母)
文学や美術の歴史の中で積み重ねられた文脈を踏まえながら、制約の中でいかに自由に表現するか、そこが大切であり、春画の魅力だと思います」

※北斎以下『SHUNGART』より。一部の作品は部分掲載

【春画展】
2015年12月23日(水・祝)まで、東京都文京区「永青文庫」にて。2016年2月6日(土)より、京都「細見美術館」にて開催。

橋本麻里(はしもと まり)

1972年生まれ。ライター、編集者。日本美術を主な領域として『BRUTUS』『芸術新潮』『和樂』など雑誌に寄稿。NHK『国宝に会いに行く』などテレビ出演も。著書に『京都で日本美術をみる:京都国立博物館』(集英社クリエイティブ)、『変り兜 戦国のCOOL DESIGN』(新潮社)など。

■『SHUNGART』(小学館)本体8000円+税