20年前のメジャー1年目にオールスター戦で先発登板した野茂氏

 20年前に渡米し、メジャーで旋風を巻き起こした野茂英雄氏の功績が米国で改めて高い評価を受けている。分析原稿に定評のあるESPNのデビッド・スコーエンフィールド記者が「振り返りの木曜日:ヒデオ・ノモがオールスターゲームで先発」との見出しでコラムを執筆。日本人右腕の足跡を振り返っている。

 1990年に近鉄に入団し、タイトルを総なめにした野茂氏は4年連続で最多勝、最多奪三振を記録し、95年に渡米。ドジャースの一員として同年5月2日のジャイアンツ戦でデビューを果たした。

 当時、トルネード投法で大きな話題を呼んだ右腕について、同記者は「20年が過ぎ、ヒデオ・ノモの衝撃は忘れ去られているように思う」とし、選手会のストライキが続く中で新天地に降り立ち、徐々に活躍していった右腕の足跡を回想。

「ドジャースと契約した際には、国やチームを見捨てたと、彼は日本で批判を浴びた。しかし数か月ののち、首相は彼を国宝と呼ぶこととなった」

道を切り拓いた野茂氏、今年で日本人のメジャーデビューも21年連続に

 そう綴りつつ、同年7月2日にオールスターメンバーに選ばれた際に米国で最も有名なスポーツ誌の表紙を飾ったことや、同11日の本番で先発の大役を務め、ランディ・ジョンソン氏と投げ合ったことなどを振り返っている。

 野茂氏は1年目に13勝6敗、防御率2・54で終え、最多奪三振(236個)、新人王のタイトルを獲得。サイ・ヤング賞の投票でも4位に入った。同記者は、野茂氏がこの年に残した奪三振率11・1を上回った先発投手がそれまでに3人(95年のランディ・ジョンソン氏、87、89年のノーラン・ライアン氏、84年のドワイト・グッデン氏)しかいなかったことなども紹介。

 回顧録の最後を「もちろん、最も大事なことは、彼が他の日本人投手や野手への扉を開いたことだ。ノモマニアなくして、我々はイチロー・スズキやヒデキ・マツイ、ヒロキ・クロダ、ユウ・ダルビッシュ、マサヒロ・タナカに出会えただろうか?」と締めくくっている。

 20年前、村上雅則氏に続き、2人目の日本人メジャーリーガーとなった野茂氏。その歴史は脈々と受け継がれており、今年は元巨人の村上透投手がインディアンスでマイナーからメジャー昇格をつかんだことで、日本人のメジャーデビューの連続記録も21年まで伸びた。道を切り拓いた野茂氏の功績は、米国の地で今も語り継がれている。