1人当たり年79万円の医療費!

写真拡大

■軽い風邪でも診察を受ける

1兆6759億円。

これは、2012年度のわが国の生活保護費のうち医療扶助として支出された金額である。人口約620万の千葉県の総予算が約1兆7000億円で、それに匹敵する額が生活保護受給者の医療費に使われている。

わが国で生活保護を受けている実人員は月平均で約213万人。その中の8割が医療扶助を受けており、その費用は、生活保護費全体の46.5%を占めている。

医療扶助は、福祉事務所から発行される医療券を持参して医療機関に行けば、自己負担なしで受診できる制度で、いわば「タダ」で医者に診てもらうことができる制度である。

ある薬局関係者は、「軽い風邪のときは、市販の風邪薬を飲む人が多いと思いますが、生活保護の人は薬局で市販薬を買うと自腹(生活扶助費から支出)ですが、病院に行けばタダ(医療扶助)で風邪薬をもらえるんですよ」と語る。

生活保護受給者1人当たりの医療費(年間約79万円)は、一般国民(約30万円)と比較して2.6倍超と高い。もともと生活保護は病気や高齢などで働くことができない人も対象にしているため、医療費が高くなるのは当然といえるが、人間の心理として「無料」ならば少し調子が悪いだけでも「病院に行こう」と思うのが自然である。

逆に、生活保護受給者の生活水準に達していない多くの国民年金生活者が、病気なのにお金がかかる病院へは行けない実態は深刻さを増している。

そうした中、厚生労働省は医療扶助の適正化を進めようと各種の取り組みを進めている。

その1つが、ジェネリック(後発医薬品)の使用促進。生活保護法改正により13年度からジェネリックの使用が原則化された。14年の数値では、医療全体でのジェネリックの数量シェアが54.5%であるのに対して、医療扶助が61%であり、生活保護での活用が示されている。

ただ、現場の実態としては、まだまだ課題が残されているようである。東京都板橋区の板橋福祉事務所の話によると、ジェネリックそのものを知らない人が多く、その説明に努めているとのこと。同福祉事務所援護係長の野島浩司氏は、「精神疾患の方で手もとにいっぱい薬がないと安心できないという方もいます」と現場の一端を明かす。

ほかにも、複数の病院を受診して薬をもらう「重複受診」や「重複処方」、必要以上に病院へ通う「頻回受診」などの問題もある。中には、向精神薬を複数の病院から入手して転売するといった悪質な事例も見られた。

こうした問題を発見して解決するために、電子レセプトによる点検の強化もなされている。レセプトとは、医療機関が診療の報酬を国民健康保険や社会保険の保険者へ請求する明細書のことであるが、生活保護では福祉事務所に送る明細書のことを指す。

かつては紙のレセプトを職員が手作業で点検して問題がないか確認していたが、11年度より全国の自治体で電子化が図られ、専用ソフトで効率的に点検ができるようになった。今では、電子レセプトにより転売などの悪質な事例はほぼなくなったという。

また、精神科で睡眠薬をもらった受給者が、ほかに眼科や整形外科などに通院し、そこでも睡眠薬をもらってしまうといった悪意のない重複処方も簡単に発見できるようになったという。

医療扶助の適正化は、ともすると必要な医療すら抑制される恐れがある。生活保護制度本来の目的である「受給者の自立」のためにも、健康を回復させ生活保護費を減らすことにつなげたいところだ。

14年9月より厚労省は、「生活保護受給者の健康管理の在り方に関する研究会」を立ち上げ、具体的な検討を進めている。15年4月には各自治体に通知を出す予定だ。

生活保護から自立した生活に戻ることができるのは、受給後半年ぐらいまでの人が多い。病気などで受給せざるをえない人は、早期に健康を回復させることが重要である。受給者の健康回復や増進は、生活保護を考えるうえで忘れてはならない視点といえよう。

(ジャーナリスト 高沢一基 図版作成=ライヴアート)