今年は野茂英雄がメジャー挑戦を果たしてから20年になる。その間、何人もの日本人選手がアメリカの地に渡り、イチローはメジャーでも「超」のつくスーパースターとなり、松井秀喜も名門ヤンキースの中軸として長らく活躍した。

 そしてピッチャーは、メジャー通算123勝の野茂を筆頭に、4年間で129セーブをマークした佐々木主浩、2008年に18勝を挙げた松坂大輔、2010年から5年連続2ケタ勝利の黒田博樹、2013年にア・リーグ奪三振王に輝いたダルビッシュ有......と、数多くの投手がメジャーの強打者相手にハイレベルなピッチングを披露してきた。

 そんな中、この20年で日本人選手が苦しんでいるのが、内野のポジションだ。特に近年、身体能力の高い中南米の選手がひしめく二遊間は日本人内野手がレギュラーを張るのは不可能と思えるほどだ。

 事実、2010年にミネソタ・ツインズと3年契約で入団した西岡剛(現・阪神)は、3年目の契約を破棄して日本に帰国した。西岡のメジャー通算成績は、出場71試合で打率.215、0本塁打、20打点。

 2013年にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約した田中賢介は、6月にメジャー昇格を果たすもわずか15試合の出場にとどまり、再びマイナー降格となった。また、マイナーの試合でも内野手としてたび重なる失策を喫し、外野手にコンバート。そして昨年はテキサス・レンジャーズでプレイするもメジャー昇格は果たせず、オフに古巣・日本ハムへの復帰が決まった。

 川崎宗則もユーティリティプレイヤーとして昨年までの3年間で239試合に出場したが、メジャー契約を勝ち取るまでには至っていない。また、2013年からオークランド・アスレチックスと2年契約を結んだ中島裕之は、一度もメジャーに昇格することなく退団し、今シーズンからオリックスでプレイすることになった。

 それにしても、近年、日本人の内野手がアメリカで苦戦する理由は何なのか? かつて8年間メジャーでプレイした田口壮氏に聞いた。

「僕もメジャーで3イニングほどですが、セカンドを守ったことがあります。とにかく天然芝のグラウンドは打球が微妙に変化しますし、土のグラウンドはものすごく硬いので打球がめちゃくちゃ速い。コンクリートの上で守っている感覚です。それに慣れるまで相当な時間がかかると思います」

―― 日本人内野手は外国人選手と比べて、身体的に劣っているのでしょうか。特に肩の強さにおいては、その差が歴然としているように思えます。

「超スーパースターと呼ばれる選手を見るとそう思えるかもしれませんが、昨年引退したデレク・ジーターはメジャーの中では強肩というほどではなかったですし、一緒にプレイしたことのあるデビッド・エクスタインなんて僕より肩が弱かったですから(笑)。でも、ふたりともショートとして活躍しました。大切なのは、打球に追いつくまでのスピードと捕ってからのバランスで、日本人内野手と外国人内野手のいちばんの違いはその部分なんです。たとえば、ダイビングキャッチにしても外国人の内野手はすぐに送球できるように飛び込みます。アウトにすることが最優先の考え方なんです。逆に日本人は、ボールを捕ることを第一の目的としてしまっているところがある。要は、意識の違いであって、私は身体的に劣っているとは思っていません」

 田口氏はセントルイス・カージナルス在籍時に、ホゼ・オッケンドー守備コーチから「メジャーで内野手として通用するには、バックハンドがうまくないとダメだ」と教えられたという。

「バックハンドの方が捕ってから投げるまでのスピードが圧倒的に早いのですが、日本人は小さい頃から『打球は正面で捕れ』と教えられて育ってきた選手がほとんどですからね。正面で捕る動きに慣れているとバックハンドは難しい。体の使い方がまったく違いますから。その動きをマスターするには、ある程度の時間が必要だと思います」

―― ヤンキースに指名されて、ルーキーリーグでプレイしている加藤豪将選手(※)は日本人ですが、野球はアメリカで育ってきました。
※加藤豪将...サンディエゴのランチョ・バーナード高から2013年のメジャーリーグのドラフト会議でヤンキースから2巡目(全体66番目)で指名を受け入団

「体の使い方が、他の日本人選手とは違いますよね。だから、この先も問題なくプレイできると思います。それに普通に会話できる。これまでの日本内野手が苦労したのは、ボールの捕り方、体の使い方、コミュニケーションですから」

―― 日本のプロ野球でも、アマチュアの時と同じように正面に入って捕球しなさいと指導されるのですか?

「少なくとも、僕が現役の時はそうでした。日本でプレイするのであればそれでいいと思うんです。堅実なプレイは大事ですから。ただ、将来的にメジャーに挑戦したいのであれば、考え方そのものが違うということを認識しておく必要があります。確かに、ボールを止めることは大事なことですが、守備の目的はアウトにすることですから。根本的な考えが違うんですよ」

―― つまり、フィジカルに関してはまったく問題がないと?

「まったく問題ありません。スナップスローにしても練習すれば普通にできるようになります。先程も言いましたが、大事なのは体の使い方、身のこなしなんです。外国人選手の動きは一見、雑に見えますし、遊んでいるようにも見えるのですが、この動きこそが大事なんです。そうした感覚って絶対に生きてきます」

―― 昨年行なわれた日米野球を見ていても、メジャーの二遊間はひとつひとつのプレイが華麗で、見せることを意識しているように思えました。

「芸術の域ですよね。グラブトスにしても簡単にやっているように見えますが、ちゃんと練習しているんですよ。外国人選手は捕球ひとつにしても、いろんなアプローチの仕方、ボールの捕り方がある。だから、どんな打球でも対応できるんです」

 ここまで、日本人内野手がアメリカで苦しんでいる現状について書いてきたが、それはここ数年のことで、それ以前は期待に見合った成績を残した選手たちもいた。

 松井稼頭央は2004年にニューヨーク・メッツと契約。守備の不安から2年目にショートからセカンドにコンバートされたが、レギュラーの座を掴み取った。その後、コロラド・ロッキーズ、ヒューストン・アストロズでも正二塁手として活躍し、2010年までの7年間で630試合の出場を果たした。

 井口資仁は2005年にシカゴ・ホワイトソックスに入団。1年目から3年連続して135試合以上の出場を果たすなど、4年間で493試合に出場した。

 岩村明憲は2007年にデビルレイズ(現・レイズ)と契約し、4年間で408試合に出場した。2008年には日本人内野手としてシーズン最多となる152試合の出場を果たした。

 さらに特筆すべきは、3人ともワールドシリーズという大舞台に先発出場を果たしているのである。

―― 以前は、松井選手、井口選手、岩村選手がレギュラーとして活躍しましたが、ここ最近はメジャー昇格すら厳しい状況です。メジャーの野球が変わってきているということはあるのでしょうか。

「野球そのものは変わっていないと思います。ただ、今は待ってくれる時間が少し短いような気がします。日本からアメリカに来た場合、特に内野手はアジャストしていかなければいけないものが多くて、どうしても時間を要してしまいます。しかし、チームはすぐに結果を求める。以前よりも、結果を求めるのが早くなったような印象がありますね。あと、なぜ試合に出ることができないのかを考えた時に、単純に選んだチームが悪かったのかなと思う部分があります。どれだけ自分にフィットするチームなのかということを、ある程度知っておく必要はあると思います。GMや監督、チームの雰囲気。街の雰囲気を含めて全て見ておく必要がある。代理人にしても、どんな人物なのかを把握してから契約しないといけない。そういう準備をすることも大事なんですよ」

―― 田口さんもセントルイスと契約した時は?

「契約する前にセントルイスに行きましたから。行けばいろんなものが見えてきます。代理人にも契約する1年前に会って、僕の考えを伝えました。セントルイスがどんなチームなのかもリサーチしましたし、監督だったトニー・ラルーサ(※)についてもいろんな人に尋ねました。その結果、セントルイスが一番だということで決めたんです」
※トニー・ラルーサ...ホワイトソックス、アスレチックス、カージナルスの監督を務め、ワールドシリーズを3度制覇。監督として歴代3位の2728勝を挙げた

―― チーム選びの中で、まず重要視したのはどんなところでしたか。

「ポジションに空きがあるのか。誰とポジションを争うのか。GMがどんな考えを持っているのか。過去の選手の入れ替え方、動かし方を知ることで、どれぐらい選手思いなのかが見えてくるんです。保身に走るGMもいるじゃないですか。そういうGMのところでやるのは怖いですよね」

―― ラルーサ監督の印象は入団前と入団後では違いましたか?

「違いましたね。最初の2年間は、何を考えているのかよくわかりませんでしたが、3年目ぐらいですかね。ラルーサの後ろで野球を見ることで、彼の求めることが理解できるようになってきたんです。同時にラルーサも僕の特長を理解してくれるようになった。それでも3年かかったんですよね。やっぱり、慣れるまでに時間はかかるんです。そこを理解してくれる球団でないと、なかなか厳しいでしょうね。アメリカ人の感覚では、移籍を大きな問題と考えていません。しかし、日本人の感覚では、移籍はそんなに簡単なものではないですよね。だからこそ、しっかり考えてチームを選ばないといけないということです。代理人にすべてを任せるのは危険。そこはお金よりも、自分が身を置く環境を第一に考えるべきです」

―― このオフ、阪神の鳥谷敬選手がメジャーに挑戦という報道があります。

「苦労するかしないかは、行ってみないとわかりません。ただ、彼がどういう考えを持っていて、どういうイメージをしているかによっても違ってくると思うんです。彼の持っているポテンシャルからすれば、十分、レギュラーでやっていけると思います。これは僕の持論なのですが、プロ野球選手はみんなうまいですし、その中で日本代表に選ばれるような選手は特別な存在です。実力だけなら絶対にメジャーで通用します。ただ、先程も言いましたが、適応力や選手自身の覚悟、どのチームに入るかによっても変わってくると思うんです。チームにどれだけフィットすることができるか。それこそが日本人選手がメジャーで活躍できるか否かのカギだと思います」

 メジャーリーグで、日本人内野手がゴールデングラブ賞を獲得――いずれそんな日が来ることを期待したい。

島村誠也●文 text by Shimamura Seiya