8月16日、イングランド・プレミアリーグの新たな戦いがついに始まる。昨季は首位が25回も入れ替わる混戦を制したマンチェスター・シティが2季ぶりの優勝を達成した。だが、今季も接戦が展開されるのは必至。優勝争いは、昨季の上位4チーム(マンチェスター・シティ、リバプール、チェルシー、アーセナル)が中心になるはずだ。

 連覇を目指すシティは、必ずしも順調なオフを過ごしたわけではなかった。UEFAのファイナンシャル・フェアプレイ(※)に違反したため、移籍金の支出額に制限を設けられたからだ。それでも、FCポルトに所属していたフランス代表CBのエリアカン・マンガラを獲得するなど、補強ポイントであった守備面を強化した。

※ファイナンシャル・フェアプレイ=UEFAが欧州各クラブの財政健全化を目指し、違反があった場合は罰則を科すルール

 一方、昨季のリーグ最多得点を叩き出した攻撃陣は健在。全体的な戦力から見れば、リーグ屈指の陣容を誇るだけに、攻守のバランスが大きなカギとなりそうだ。とはいえ優勝チームには、相手のマークがいっそう厳しくなる。プレミアリーグが始まって20年以上の歴史の中で、連覇を達成したのはマンチェスター・ユナイテッドとチェルシーだけというデータが、何よりその困難さを物語っている。シティの2連覇に大きな壁がそびえていることは間違いない。

 むしろ、優勝候補の筆頭に挙げたいのはチェルシーだ。昨年、チームに復帰したジョゼ・モウリーニョ監督はストライカーの決定力不足に悩み、下位チーム相手に取りこぼすという「らしくない」試合が多かった。しかし、懸案であったストライカーには、アトレティコ・マドリードからジエゴ・コスタを獲得。長年チームを支えたフランク・ランパードが去った中盤には、8年間のアーセナル時代でプレミアを熟知しているセスク・ファブレガス(前バルセロナ)が加入した。

 モウリーニョ監督は「望むべきチームになった。過去にピッチで見せることができなかった質を披露することができるはずだ」と、往年の強気の姿勢が戻ってきた。守備陣に若干の不安があるとはいえ、タイトル奪回の態勢は整ったといえるだろう。

 昨季のリバプールは1989年以来の栄冠を目前にしながら、最後につまずいた。3季目となるブレンダン・ロジャーズ監督の下、今季の期待が高まるが、成否のカギはひとつに尽きる――。昨季の最優秀選手、得点王の2冠に輝きながら、バルセロナへ移籍したFWルイス・スアレスの穴をいかに埋めるか、だ。

 その役割を担うのは、チーム加入以来ひと皮むけたダニエル・スタリッジ、成長著しいラヒーム・スターリング、サウサンプトンから移籍したリッキー・ランバートあたりか。しかし、昨季のリーグ戦33試合で31得点を挙げるだけでなく、変幻自在の動きで相手を苦しめたスアレスの穴を埋めるのは、容易ではないだろう。

 むしろリバプール以上に面白い存在は、アーセナルではないか。昨季は4位だったとはいえ、FAカップを制覇。2006年以来のタイトル獲得は、ベンゲル監督いわく「チーム全体に安心感と自信を与えた」。また、戦力もバルセロナからチリ代表FWのアレクシス・サンチェスを獲得したことで、攻撃の選択肢が増えた。ただ、昨季は上位チームとの直接対決で好結果を残せなかっただけに、優勝するためにはその壁を乗り越えなければならないことに変わりはない。

 上位4チームの戦力を見る一方、それと同等以上に関心事といえるのが、デイビッド・モイーズ体制で昨季7位に終わったマンチェスター・ユナイテッドが挽回できるかどうかだろう。8月12日、ユナイテッドは開幕前最後の強化試合でバレンシアと対戦。試合終了間際にマルアン・フェライニの決勝点で勝ち、6戦全勝でプレシーズンを終えたが、ルイス・ファン・ハール新監督の見方は、「内容は一番悪かった」と厳しかった。

 新指揮官はオランダ代表でも一定の成功を収めた3−4−1−2のフォーメーションを採用していたが、現在は新システムと選手を融合させる試運転段階といったほうがよさそうだ。仕切り直しとなるユナイテッドにとっては、昨季逃したチャンピオンズリーグ出場権を獲得することが現実的な目標となるだろう。もっとも、マスコミやファンなどの周囲がそれで納得するかは別問題だが......。

 そして、ユナイテッドで3季目を迎える香川真司の処遇も気になるところだ。プレシーズンでは6試合に出場したが、いずれも途中出場。バレンシア戦でも後半17分からピッチに立ち、ウェイン・ルーニーとハビエル・エルナンデスのトップ下に入ったものの、ボールが回る場面は少なく、まったく存在感を示せなかった。当面、トップ下にはスペイン代表のフアン・マタが起用され、ベンチからの出場となるだろう。

 だが、指揮官は早い段階から、「チームには10番の選手が多すぎる」と分析している。何らかの理由でマタが離脱したとしても、自動的にトップ下の役割が香川に回ってくるとは言い切れない。19歳のアドナン・ヤヌザイ(ベルギー代表)、場合によってはルーニーをトップ下に下げる手もある。

 そこで、香川に与えられたもうひとつのポジションは「ボランチ」だ。本人は「守備的MFでプレイするのは7〜8年ぶりだが、大切なのはどのポジションであろうが、自分のベストを尽くすこと」と語っている。ただ、そのボランチにも新加入のアンデル・エレーラ(前アスレチック・ビルバオ/スペイン代表)をはじめ、マイケル・キャリック(イングランド代表)や副キャプテンのダレン・フレッチャー(スコットランド代表)など、本職の選手がそろう。序列という点においては、トップ下よりも低い4〜5番手という扱いになるのではないか。昨季、香川に用意されていたのは、トップ下と中盤の左サイド。フォーメーション変更の結果、今季与えられるポジションはトップ下とボランチになったが、いずれにしても常時試合に出場するのは難しそうだ。

 そういった背景があったことで、去就に関しての報道も加熱する結果となった。アメリカ遠征後、ファン・ハール監督が一部の選手に戦力外通告を行なうと話した際には放出という見方が多かったが、その後はトーンダウンしている。移籍先として、スペインのアトレティコやトルコのベシクタシュなどが挙がっているが、今は香川の放出と残留でチーム内も錯綜しているのが現状だ。よって移籍期間が終了する8月末までは、さまざまな憶測が流れることだろう。

 しかし、ユナイテッドと香川との契約は2年間を残すだけ。来夏になればチームが取得する移籍金は激減するだけに、タイミングとしては「売り時」ではある。移籍話も今月だけの話題に留まらない可能性もあるだろう。今季のユナイテッドは欧州カップ戦に出場していない。来年1月の移籍解禁期間中、チャンピオンズリーグの決勝トーナメントに進出したチームが獲得に動くことも大いにある。

 だが、当の香川がユナイテッドでの成功を望んでいることは間違いない。限られた出場時間でいかに結果を残すことができるのか、すべては本人次第だ。プレミアリーグ開幕――優勝争い、ユナイテッドの復活、そして香川真司の動向......序盤から見るべきポイントは多い。

斎藤史隆●文 text by Saito Fumitaka