多摩川河口、船で犬と生活する男がいる
船を不法に係留しているとして何度も強制撤去の命令である行政代執行が行われ、男は居場所を転々としてきた。男が飼っている犬がうるさいとか、糞が臭いとか、周辺住民から苦情もでる。今も退去しろと通告されることはあるし、橋の上から何か怒鳴られたり、子どもに石を投げられることもある。自転車を川に沈められてしまったこともあったようだ。一方で、男と話にくる人たちはいるし、犬に餌を持ってきてくれる人もいる。船を修理する腕は確かにあるようで、修理を依頼してくる人たちも、男の船にやってくる。
「船のある風景、野良犬がいる風景は見たことはあるかもしれないけど、見過ごしているんですよね。映画のチラシをもっていったら、これどこの国ですかって言われて。いやいや現在の東京ですよと（笑）」この作品を撮った奥谷洋一郎監督はそう話す。
■熱帯魚や肉食の魚、死体も……捨てられたものが集まる多摩川の河口部
奥谷監督は、『ソレイユのこどもたち』を撮影するのに、多摩川の河口部に約1年間通った。撮影するまではほとんど何も知らない場所だったが、たくさんの発見があったという。
「橋で人が飛び降りて、消防車がくるとか普通にあるんですよ。そういうことで死体が浮いていたりもすることもあるみたいです。あとは、ペットの魚で熱帯魚とか肉食の魚とか、のこぎりなんとかみたいな、先がギザギザになっている魚とかまで捨てる人がいるんですよね。それでニュースになることもありました。エイが泳いでいたり、サメが転がっていたこともあったな。船のおじさんに話を聞くと漁師が網にかかってしまったサメをくれたらしいんですが、それを犬とかネズミがかじっていたり。映画には映っていないんですけど」
■「おじさん」と出会ったきっかけ
当時、奥谷監督はある企画で、「東京」をモチーフに作品をつくるということになり、その題材を探していた。
「そのころ、街のいたるところに監視カメラが付き始めていて、ギスギスしているなと感じながらも、この社会は管理するのが好きなんだなと思っていました。そういうことを考えていているうちに、野良犬がいないなと思ったんです。それから少しして、羽田空港に野良犬が迷いこんだっていう記事が目に留まって、羽田のあたりに行ってみたんですね。そこで聞き込みをしていたら、その犬を飼っているおじさんを知っているよ、という人がいて、おじさんのところに連れていってもらいました」
出会えたのは良かったが、すぐに撮影を承諾してもらえたわけではなかった。
「少し前に、東京都の行政代執行で強制撤去があって、それに関するテレビの取材だと思われてしまったんです。最初、おじさんは話すことは何もない、というような態度でした。好奇心で一回撮って終わりというような取材とは違うというのを理解してもらうのには時間がかかりました」
時間をかけて、このおじさんとの関係を築いていった奥谷監督だったが、質問をしても、なかなか答えてもらえなかったり、はぶらかされたりするという日々が続いたようだ。映画では、おじさんが一人でカメラに向かって語りかけているように見えるが、どういう経緯でこうなったのか。
「質問にはあまり答えてくれないんですが、一人語りはするんです。それが一度始まってしまうと、僕の入る余地がないんですよ。それ違うんじゃないですか、とか言っても聞いてない（笑）。そういうことがあって、カメラをただ置いて撮るという撮影スタイルになりました」
■口論になることもあった
映画の中のおじさんは、ぶっきらぼうな性格に見える。おじさんと喧嘩になるようなことはなかったのか。
「もめることはよくありましたよ。特にお酒を飲んじゃうと。一回、近くのお店に塩を買いに行くと言うので、ついて行ったら、今から犬を一匹殺して、塩漬けにするとか言い始めたことがありました。酔っ払ってたせいもあるんですけど、僕は止めましたよ。それで言い合いになって。でもあのとき、彼はノイローゼ気味になっていたんです。あの場所で一番何が問題かっていうと船ではないんですよ。船は、区とか都が撤去しようと対応するわけだけれど、一般住民にはほとんど関係の無いことなんです。そうではなく、犬がうるさいとか臭いとか汚いとか、そういうことで、おじさんが周りの住民と仲違いしちゃったりするんですよね。それでノイローゼ気味になっていたのかもしれません。言われたことを頭の中で膨らましてしまう性格も原因としてあるでしょう。年齢を重ねて、しかも一人でいれば、想像や妄想もどんどん大きくなっちゃうっていうのもあるでしょうし。それで犬を殺すみたいな話になったんですよね」
1年間通い続ける中でおじさんとの距離も近くなり、一緒に食事をしたり、船に泊まることもあったという。
「魚をごちそうしてくれたり、周辺の木から、柿か何かをもいできてくれて、食べろ、みたいなことはありましたね。そんなに頻繁にではないですけど船に泊めてもらったこともありました。あそこにある船は、他の船もそうかもしれないですけど、窓があって、運転席があって、その下のところに入れるんですよ。出っ張ってるところをパカって開けるとデッキがあって。結構快適な空間でしたよ」
■都市の隙間を撮ったドキュメンタリー映画
前作の『ニッポンの、みせものやさん』でも、最後の一軒となった見世物小屋を根気強く撮り、私たちの日常とは異質の世界を見せてくれた奥谷洋一郎監督。都市の隙間を撮りたかった、と語る今作でも、一般的な目線から見落とされた人と風景を作品にした。同じ東京と言われる場所にも、通勤して、オフィスや現場で働いて、家に帰って……というような多くの人が送る時間とは全く違った時間を過ごしている人がいる。船で暮らす一人の男に寄り添った奥谷監督の作品『ソレイユのこどもたち』は、私たちが持つ「東京」のイメージを拡げ、より多義的なものとしてくれるだろう。
(コトヒロイ)
『ソレイユのこどもたち』上映情報
http://www.cinetonium.com/
7/20(土)〜8/2(金) 新宿Ks cinemaにてレイトショー、以下全国順次公開
