おひとりさま天国・日本、紅白歌合戦で乱発された「信じる」、許可なく刊行される金正男の本 【文春vs新潮 vol.26】

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[新潮]特集のテーマは「反幸福論」。幸せそうに見えて、実は幸せではないというネタを集めている。最も面白かったのは巻末グラビアで紹介されている「おひとりさま天国の日本」であった。

レーン以外は壁に仕切られている埼玉のボーリング場。客席に1人単位で仕切りをつけた東京・神保町のパスタ屋。中華のフルコースを1人分でも提供する東京・練馬の中華料理店。東京・神田の1人カラオケ専門店。記事で紹介はされていないが、東京・上野には1人焼き肉の専門店もある。

このように「震災以降、巷では“絆、絆”と聞くけれど、街には1人客を相手にしたお店や商品が続出している」のが実状だ。「所得減少など経済的事情」から日本人の平均初婚年齢が上昇していることや、「他人とつながるより1人でいることの気安さを選ぶ若者の気持ち」があることなどがその背景にあると記事は指摘している。

はっきり言って、このように「若者」を十把一絡げにして語る言説にはうんざりである。もちろん世代にもとづく生活スタイルの傾向などはあると思うが、「1人でいることの気安さ」などと単純にまとめられるようなものではなかろう。別の記事で、朝日新聞の社説を「尾崎豊で熱く語る」と揶揄し、勝谷誠彦さんの「まるで年寄りの説教」というコメントを掲載しているが、そのコメントはブーメランのごとくそのまま新潮に返ってくるのではないか。

それはさておき、なぜ1人客を相手にした店や商品が流行るのか、という素朴な疑問を抱く。食事にしろ娯楽にしろ、1人よりも複数の人数で参加したほうが楽しいと思う。また、自らが危機的な状況に陥り、結局は他人の助けを借りざるをえない事態も、長く生きていれば多々ある。そもそも、家に帰れば1人なのに、外出先でも1人になってしまったら、ずっと1人ということになってしまうのでは……。

いろいろ理由はあると思うが、そのひとつに社会人の必須アイテムであるかのごとく企業が若者に連呼する「コミュニケーション能力」に対するアンチテーゼがあるのではないか。人と人とのコミュニケーションは、能力などという言葉で表すものではなく、人それぞれ個別に取得していく技能のようなものである。それを能力などとうそぶいて採用や昇進の基準にしているのはどう考えてもおかしい。

しかし、そのおかしなことがまかり通っている。そういう不条理かつ理不尽な実状に対して「コミュニケーション能力なんてもの、ねえよ!」「そんなものがなくても、生きていけるぜ」と思いながら反旗をひるがえす行動のひとつが1人客用の店にいくということなのではないか。記事の写真を見ていて、そんなことを考えた。

[文春]「町山智浩の言霊USA」。今週はアメリカではなくて日本のネタであった。町山さん、今年の年末は日本で過ごし紅白歌合戦を観たとのこと。そして、観ているうちに「一つの言葉が気になってきた」。それは「信じる」という言葉だ。紅白では50数曲が歌われるが、「うち13曲に、その言葉が出てくる」。

浜崎あゆみ、ファンキーモンキーベイビーズ、西野カナ、水樹奈々、ポルノグラフィティ、TOKIO、いきものがかり、東方神起、レディ・ガガ……。多くの歌に「信じる」という言葉が使われている。そして「極めつけは出演者全員で『あすという日がくるかぎり自分を信じて』と合唱」である。町山さんが「こう何度も信じる信じる歌われると、なんだか新興宗教のイベントに迷い込んだみたいだ」と感じるのもうなずける。


「しかし『信じる』って言葉はこんなに安易に乱発するものなのかね?」と述べ、さらに「信じる信じる安易に言う奴ほど信じられないものはない」とした上で、「オイラは自分がいちばん信じられないからなあ」と町山さんは言う。筆者も「自分が信じられない」ので、町山さんが「信じる」の乱発に違和感を抱いた気分はわかる。

ただし、紅白に出場した歌手のうち、AAAは「信じてる、って諸刃の呪文/使い過ぎると不安になる」と歌っていたので、町山さんは「自覚あるじゃん」と笑ったそうである。

[新潮]「『安住淳財務相』オフの日の変装は職務質問必至の怪しさ」。帽子、メガネ、マスク、インナーダウン、普通のコート、赤いズボン……。たしかに安住さんの格好は「不審者」だわ(笑)。

[文春]「伊集院静の『悩むが花』」。相談内容は、「取引先に好きな女性がいます。何度か食事をご一緒し、仲良くなったのですが、先日彼女から『私はレズビアンなの」と告白を受けてしまいました。一度はあきらめようとしたものの、うまく気持ちに整理がつかず、悩んでいます。(29歳・男・会社員)」。その答えが、「君が性転換をして逢いに行けばいいんじゃないのか」。伊集院さん、最高!

[新潮]「週刊鳥頭ニュース」。西原理恵子さんが、漫画のなかのコメントで「日式ホモど真ん中 正男Love」「地上に降りた僕らの天使」「ロイヤルニート」などと書き、金正男氏が日本のホモに大ウケであったと記している。

正男氏といえば、文藝春秋から『父・金正日と私 金正男独占告白』という本が出ると文春が記事で紹介していた。著者は東京新聞の五味洋治さんである。その内容は、2回のインタビューと約150通のメールにもとづくもので、興味深いものであることはまちがいない。だがしかし、本の刊行には大きな問題があると言わざるをえない。

五味さんは、正男氏から本の刊行許可をもらっていないのだ。許可がないとはいえ、このタイミングで正男氏の言葉を伝えることについて、「自分に与えられた使命ではないかと私は繰り返し自問した」と五味さんは言っている。さらに、「私は、この本が、正男氏の意向を無視して強行出版したものだとの批判が出ることは覚悟している」とも述べる。

筆者は、取材対象の許可なく本を書く五味さんと、確実に売れるという理由でそれを刊行する文藝春秋のいずれの姿勢にも疑問を抱かざるをえない。取材対象者が取材者に情報を提供するのは、取材者が自らを守ってくれるという確証があるからだ。都合よく情報だけ得て、取材対象者を守りもせず、その情報を元に本を出版することなど基本的にはあってはならないことであろう。

北朝鮮だからいいのだろうか。そんなことはない。五味さんの「使命」やら「覚悟」という言葉は、苦しまぎれの言い訳にしか聞こえない。こんなことをやっていたら、「五味さんの取材は、情報源の秘匿が守られないので受けない」ということになる。新聞記者が情報を得られなければ仕事が成立しなくなることから、ジャーナリストとしての自爆行為であるといっても過言ではない。

百歩譲って、五味さんや文藝春秋が自爆するのは自己責任でかまわないが、硬派の報道姿勢を貫く東京新聞を巻き込むのはやめてほしい。おそらく、五味さんは東京新聞の肩書きを利用して正男氏とコンタクトをとってきたのだから、記者職を継続したまま本を出すことは恩を仇で返すことになりかねない。それとも、東京新聞は五味さんの本の刊行を認めているのであろうか。そうでないことを祈りたいところだか……。

[その他]世の中で大きな事件や事故が起きないと、週刊誌のネタが小粒になる。暇ネタも多くなる。というわけで、今週の軍配は引き分け。

【これまでの取り組み結果】

 文春:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 新潮:☆☆☆☆☆



(谷川 茂)