今、筆者の手元にベースボール・マガジン社発行の「98年プロ野球ペナントレース予想特集」という古雑誌があって、その中で6大学野球で田淵幸一の記録を抜く通算23本塁打を記録し、同年ドラフト逆指名枠で巨人に入団した黄金ルーキーの特集が組まれている。
「長嶋には躍動感が、王には品格が、原には洗練があった。高橋由伸はどのような雰囲気でわれわれを魅了するのだろうか(文中より)」
中心打者の松井秀喜が前年までなかなかタイトルを獲得できず、評価が伸び悩んでいた状況で、ルーキーは早くも巨人軍の歴代スターに並ぶ存在として位置づけられていたのである。

それから時を経て、いつしか高橋由伸は“天才打者”と評されるようになった。“天才打者”という形容詞は、前面に出てチームを牽引するタイプよりは、むしろ自身のプレー内容にこだわる求道者(球道者とも)としてのニュアンスをもつ。そして、自他共に文句のつけようのない順風満帆な野球人生をおくる選手たち、例えば王やイチローのことを”天才打者”と言うことはあまりない。”天才打者”とは、高い実力をもちながらどこか影の部分を併せ持つ存在なのである。

彼らは”天才”であるにも関わらず、首脳陣やチームメイト周囲と良好な関係を築くことに長けていかなかったり、終始怪我に苦しめられて常時出場が適わなかったりする。
たとえば前者で言えば元祖天才打者として名をはせる榎本喜八(大毎)、あるいは落合博満もそういう存在といってよいかもしれない。
後者の筆頭にあげられるのは前田智徳(広島)だ。95年のアキレス腱断裂以来、プロ生活の大部分が怪我との戦いとなったが2007年に通算2000本安打に到達。39歳を迎える今季も現役にこだわりプレーを続けている。
高橋由伸は、今やその前田と並び称される存在になりつつある。毎年のように一流の成績を残す反面、2004年以降慢性化した故障と戦いながらのプレーは、どこか悲壮感を漂わせるものだ。相次ぐ怪我の原因は、力を抜かない全力プレーが原因だともいわれる。ファンは常に全力プレーを求めるが、昨年の赤星憲広(阪神)の引退の例もあるとおり、全力プレーにこだわる選手には故障がつきもので、彼らは往々にして短命に終わることが多い。巨人軍の選手は引退に際して潔すぎるほど潔く、若くして引退していってしまう選手が多いが、これは常に満員の球場で試合を行うことで、全力プレーを強いられることも一因となっているのだろう。


昨季の高橋由伸は、とうとうたった1打席の出場で、その1打席も空振りの三振に終わるという、まるで冗談のような成績に終わった。今季は復活を果たしたもののファーストの守備につくことが多くなり、かつての華麗な外野守備をみる機会は減った。引退まで噂されるようになって残された時間は少ないかもしれないが、内野へのコンバートを無難に乗り切るあたり、やはり天才的な野球センスが垣間みえる。

6月5日東京ドームの日本ハム戦、2番として出場した試合で2打席連続本塁打を放つ。2点を追う7回に日ハム・林から放った決勝の逆転3ランは、乾いた音をのこして打球は一閃ライトスタンドへ。実に高橋らしいホームランである。
35歳を迎えたかつての黄金ルーキーは、期待されたような王や長嶋クラスの選手にはなれなかった。しかし、満身創痍でもあくまで現役にこだわるという、これまでの巨人の選手になかった新しい姿勢をみせている。ひとまわり以上歳の離れた若手の突き上げを食いながらポジションを守り続ける"ベテランの美学"を発揮する高橋由伸のこれからの戦いが楽しみだ。

彼が真の”天才打者”であったことを後世にまで知らしめる通算2000本安打到達まで、あと555本(6/7現在)。この先の道のりはまだ長い。

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■ 筆者紹介
松元たけし
野球は観るのもプレイするのも大好き。そして飲酒が生きがいの20代後半。
好きな球団はV9巨人と広岡監督時代の西武、そして野村監督時代のヤクルト。
だれか教えてください。野球がうまくなる方法を。

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