2007年シーズン最終戦。古田選手兼任監督の引退試合のスコアボード。

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熱心なスワローズファンとして知られる作家の村上春樹氏は、82年に「三十年に一度」と題したコラム(※1)の中で、弱いチームを応援することの喜びを綴っている。30年に一度しか優勝しないというのは、「たった一回の優勝でもするめをかむみたいに十年くらいは楽しめる」そして「僕が生きているうちに(中略)もう一度ヤクルトが優勝してくれれば」と結んでいる。この頃、78年の初優勝から数年を経ずしてヤクルトは弱小球団に逆戻り。80年の2位を最後に、以降10年にわたるBクラス生活に突入したところだった。

それからその30年が経とうとしているが、村上氏の予想に反して90年代のスワローズは突如変貌を遂げ、リーグ優勝4度、日本一3回という黄金時代に突入する。2001年を最後に優勝からは遠ざかっているものの、昨年も終盤タイガースとの接戦を制してクライマックスシリーズに進出。怪我人続出でシーズン終盤の競り合いに敗れ、最下位に転落した2007年シーズンを除けば、毎年最低でもAクラスを狙うポジションでペナントレースを戦ってきた。

ところが今季スワローズの低迷ぶりはどうだろう。高田監督の途中休養まで検討されるとなると、これこそまさに「三十年に一度」というレベルなのではないだろうか。不振の原因は、チーム打率.235(5/24現在)という低調な打撃陣によるところが大きいが、投手陣も中盤以降リードを守れず、クローザーの林昌勇につなぐ展開に持ち込めずにいる。

振り返ればチームの歯車が狂い始めたのは2000年代中盤以降。弱体化は今年に始まったことではなく、年を経るにつれて顕著な傾向となった。最大の要因として挙げられるのは、古田監督が期待に反して大味な野球をしたことだったように思う。象徴的だったのは宮本慎也を2番から外してリグスを起用したことだ。それまでチームに根付いていた小技中心、投手力重視の野球を捨てたのは、かつての野村ID野球に対するアンチテーゼだったのか。彼は90年代初頭に選手としてヤクルトというチームを変え、2000年代に監督として再びチームを変えたのである。一度目は良い方向に、そして二度目はおそらくその逆へ。

岩村明憲(パイレーツ)、稲葉篤紀(日本ハム)、ラミレス(巨人)らチームに残っていれば未だ主軸を担っていたであろう選手たちの流出も大きかったと言えるが、90年代にはFAなどによる再三の戦力流出にも関わらずチームは勝ち続けたことを考えると、原因はそれ以外にも求められる。些細なミスから大量失点を喫したり、終盤以降の競り負けが多い試合運びからして、基本やセオリーを重んじてきたはずの野球の質自体が変化したということが言えそうだ。土橋や真中のような、目立たなくても仕事を確実にこなす脇役もいなくなった。

仮にこの低迷が長引くのであれば、スワローズファンとしては原点に立ち返り「三十年に一度」優勝するチームを応援する精神でペナントレースを楽しむしかない。
そういえば最近のスワローズは、広沢克己と池山隆寛の”イケトラコンビ”がひたすらバットを振り回し、三振かホームランかの野球をやっていた80年代をどこか彷彿させるものがある。ただ当時は、イケトラコンビ以外にも荒木大輔、ボブ・ホーナー、長嶋一茂ら、常に話題を集める選手たちがいて、「弱くても客の呼べる」それはそれで魅力的なチームだったのである。果たして今の青木宣親や由規で観客が呼べるかというと大いに疑問を感じてしまうところだ。

ちなみに冒頭の村上氏は米国生活を経て帰国した95年の日本シリーズ、オリックスvsヤクルトの第四戦を観戦している(※2)。この試合はヤクルトが日本一に王手をかけており、試合も延長までもつれこむ白熱した展開となったのだが、どうやらあまり氏の印象には残らなかったようだ。「米国生活の間に選手の顔ぶれがずいぶん変わっていて」というが、あるいは”強いスワローズ”はオールドファンに馴染まなかったか。その年からナイターで試合が開催されることになったが故の寒さを嘆き、78年の日本シリーズを懐かしんでいる。

かようにスワローズファンというものは、淡白といえば淡白。温かいといえば温かい一面もある。今や本拠地移転の噂まで囁かれる状況ではあるが、かつて長い低迷期を見守り続けたファンのこと。これからもやさしい眼差しでチームを見守っていってもらいたい。

※1『村上朝日堂』新潮文庫 収録「三十年に一度」
※2『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』新潮文庫 収録「95年日本シリーズ観戦記 ボートはボート」

(写真:2007年シーズン最終戦に行われた古田の引退試合。近年稀に見る数の観衆がつめかけ、満員札止めとなった)

※毎週月曜日更新

■ 筆者紹介
松元たけし
野球は観るのもプレイするのも大好き。そして飲酒が生きがいの20代後半。
好きな球団はV9巨人と広岡監督時 代の西武、そして野村監督時代のヤクルト。
先日、絶好の壁あてスポットを発見。これで夜中ひとりで守備の練習が出来ますよ。

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