連載:アナログ時代のクルマたち|Vol. 86 ホルヒ930Vロードスター
今でこそその名前が消えているホルヒだが、じつはその源流は今も生きている。それが、会社を追われたアウグスト・ホルヒが次に作った会社である。彼が次に作った会社の社名こそ、Audi Automobilwerke GmbH。つまり、今に繋がるアウディがこの時誕生した。もともとホルヒという名は、ドイツ語で書くとHORCH。古いドイツ語では、「聞く」という意味をもつ。だが、この名前は既に追われた会社が使っていたことから、これをラテン語にしたAUDIREが、アウディの名前の由来である。設立されたのは、ホルヒと同じツヴィッカウ。そして1932年、当時ザクセン州に会社を構えていたホルヒ(すでにArgus Motoren-Gesellshaftに買収されていたが)、アウディ、DKW、そしてヴァンダラーの4社が合併し、アウトウニオン・グループを結成する。この時、今もアウディに冠されているエンブレム、シルバーフォーリングが誕生するのだ。
ただ、第2次世界大戦で東西に分割されたドイツでも、ザクセン州はその最も東端に位置し、戦後は当時のソビエトが支配する東ドイツ領となってしまう。ちなみに東ドイツに属したザクセン州には、陶器で有名なマイセンもあった。そしてホルヒを作った工場では、1990年代まであのトラバントが生産されることになるのである。
アウトウニオンが結成された後も、各ブランドでは個別に社名を冠した車作りが続けられた。このあたりがアウトウニオン、並びにそれに参加した4社の歴史を複雑にしている大きな理由だろう。アウグスト・ホルヒ自身は、自ら立ち上げたアウディにも関与していたが、ホルヒを買収したアルグス社とも関係し、ベルリンに共同の設計事務所を構えていたから、1920年代以降のホルヒとアウディは実質的にアウグスト・ホルヒの管轄下にあったと言ってもよい。だから、両社とも特徴あるモデルを出して、実質的には競合する車種すらあったのである。

