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ハラスメント防止や若手の離職対策に配慮するあまり、すべての業務と責任を一人で抱え込んで疲弊する中間管理職。自らを追い詰める背景には何があるのでしょうか。年収820万円の48歳管理職の事例から、管理職の在り方について考えます。

配慮の果てに生じた「残業80時間」と部下の定時退社

都内のITサービス企業で部門マネージャーを務める小林直樹さん(48歳・仮名)。年収820万円。5人の部下を率いています。

小林さんの昨今の悩みは残業時間。ハラスメント対策や若手の早期離職防止を意識するあまり、小林さんは部下に厳しい指導を行うことを避けてきました。面倒なトラブル対応や急ぎの雑務が発生した際も、嫌な顔をされるのを恐れ、すべて自分で引き受けるようにしてきたといいます。その結果、部下たちが残業なしで定時帰宅する一方、直樹さん自身の残業時間は毎月80時間を超える状態が常態化していたのです。

厚生労働省『令和6年就労条件総合調査』によると、1ヵ月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を定めている企業割合は61.1%(前年33.4%から急増、1,000人以上規模では96.0%)に達し、そのうち99.0%の企業が50%以上の割増率を設定しています。

コンプライアンス遵守やハラスメント防止、若手の早期離職対策の徹底により一般社員の定時退社が進む一方、そのしわ寄せとして業務やトラブル対応が中間管理職に一極集中する不条理な構造が強まっています。

部下への配慮から厳しい指導を避け業務委任が進まない結果、管理職自身が過労死ラインとされる月80時間超の過重労働に陥る切実な実態が浮かび上がります。

ある金曜日の朝、連日の深夜残業で疲労困憊となった小林さんが出社しました。前日に、期待の新人(という触れ込みの)加藤駿さん(24歳・仮名)に依頼していた、重要顧客向けのデータ集計ファイルを確認するためです。しかし、共有フォルダ内のファイルを開くと、作業は手つかずのまま途中で放置されていました。駿さんは前日、残業を一切せずに定時で退社しています。

小林さんは驚き、加藤さんに「昨日の集計作業が途中で止まっているけれど、何か問題でもあったのか」と問いかけました。すると駿さんは悪びれる様子もなく淡々と回答します。

「定時までに終わりませんでした。小林さんから『無理はしてはいけない』と日頃から言われていますので、残業せずに帰りました」

小林さんは言葉を失いました。部下を追い詰めないために掛けた配慮の言葉が、責任を回避して業務を放棄するための口実として使われていたのです。

「キャリアが描けない…」部下が突きつけた現実

金曜の午後、小林さんは何とか顧客向けの資料を仕上げました。しかし、自分が本来やるべきだった部内の仕事は手つかずのままです。部下から上がってくる相談への対応、社内会議の準備、翌週の業務計画、トラブル対応……。マネージャーとして考えなければならない仕事は、日々積み上がっていきます。

ところが小林さんには、それらを考える時間がありません。

部下が抱えきれない仕事を引き取り、顧客対応をし、現場の実務まで処理する。気づけば、マネージャーでありながら、最も現場の作業に追われているのです。

こうした管理職の負担は、個人の問題だけではありません。厚生労働省『労働経済の分析』によると、管理職が感じる職場環境の変化として「業務量が増加している」が最も多く挙げられました。また、管理職の悩みとして「部下がなかなか育たない」「部下の人事評価が難しい」「職場の又は自分の業務量が多すぎる」などが挙がられています。

さらに、厚労省『管理監督者を対象にした働き方改革に関する意識調査』では、管理監督者を対象とした働き方改革に期待する効果として、「管理監督者がマネジメント業務に集中できること」が29.1%でした。管理職自身の負担を減らし、本来の管理業務に集中できる環境づくりが、企業側の課題としても認識されていることが分かります。

しかし、働き方改革が進むなか、管理職の期待に企業が応えているとは言いにくい状況。小林さんの会社もそうでした。

部下に残業をさせない。ハラスメントにも配慮する。若手の離職も防ぐ。その一方で、現場で発生する仕事は管理職が引き取る。結果として、小林さんは「管理する人」ではなく、「足りない人手を埋める人」になっていたのです。

そして数日後、小林さんのもとに加藤さんから一枚の退職届が提出されます。

「小林さんのようにはなれない。将来のキャリアが描けないんです。この会社では」

小林さんは、その言葉に返すことができませんでした。自分もまた、管理職になってからというもの、部下を育てる時間より、目の前の仕事を処理する時間のほうが長くなっていたからです。

「もう限界だ……」

この状況下で管理職を続けていけない--小林さんが抱えていたのは、単なる「部下が仕事を終わらせなかった」という問題ではなかったのです。