【津久井 教生】機能低下と回復する箇所が…ALSを告知された声優が腫瘍摘出手術のリハビリで抱いた「複雑な思い」
2019年3月に突然転び、歩きにくくなったことから検査入院をした声優の津久井教生さん。9月に指定難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を告知された。10月にこの病気を公表し、2020年4月からつづった原稿をベースに、2026年4月には『ALSと笑顔で生きる。 声を失った「工夫ファクトリー」』という書籍にまとまった。
本書から抜粋して紹介する第8回は、告知後に腹部に大きな腫瘍が見つかり、開腹手術をしたときのエピソードをお伝えしている。
そもそもALSとはどのような病気なのか。津久井さんは主治医から次のような説明を受けた。
「筋萎縮性側索硬化症とは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気です。(中略)筋肉が動かなくなるので筋肉の病気と思われがちですが、そうではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経『運動ニューロン』が障害をうけて症状が出ているのです。
どういうことかと言うと、脳からの『手足を動かせ』という命令が伝わりにくくなることにより、力が弱くなり、その結果筋肉がやせていきます。ものすごい個人差があるのですが、最終的には全身の筋肉が動かなくなります。しかしその一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などは概ね正常に保たれることが認められています」
本書より抜粋する8回前編では、開腹した腫瘍摘出手術のあと、腹筋を使う「声」に不安を抱いていたが、無事にニャンちゅうの声がでたことをお伝えした。ここから、手術後の回復とともにALSの治療が始まっていく。
腫瘍摘出手術のALSへの影響
腫瘍摘出手術が終わったすぐ後に、ALSの担当医も様子を見に来てくれました。
「お加減いかがですか? 無事に終わったようですね」
「ありがとうございます、今のところ声は無事のようです」
「良かったです、他の部分の機能も落とさないように頑張ってください」
「はい」
「看護師たちが張り切っていました。こちらもやりがいがありますよ」
病院内でカルテや情報を共有しているのでしょう。そんな言葉をかけてくれました。
「手術後の身体」から日常を取り戻す
無事に手術が終わったあとは、そこから日常を取り戻していくことが大切です。過去に足の大怪我を経験しているので、リハビリの感覚はわかっているつもりでした。体の状態を見ながら、できる限り進めてしまうのが良いのです。もちろん無理はいけませんが、多くの病院では、手術後のリハビリではドンドン体を動かしていく方法が主流のようです。
「手術の影響」とひとことでいいますが、影響は術後の自分の向き合い方次第ということが多いと思います。今は担当の医師とコミュニケーションを取っていくと、病気の基本的なこともそうですが、手術後の状態についても大抵詳しく説明してくれます。医師からの話を聞いて、あらかじめ想定できる術後の影響に、自分がどう立ち向かっていくかという問題なのです。
リハビリの量によって手術後の身体能力への差も生じると思います。手術前に泌尿器科の執刀医と妻とも話していたのは、「もしかして腫瘍を取ったらALSが良い方向に向いてくれるかもしれないね」という淡い期待でした。執刀医も「そういう思いで臨みましょう」と言っていました。ALSは治療法のわからない病気ですが、同時になぜ罹患するのかもはっきりとわかっていない病気です。腫瘍が取り除かれれば、ALSは治らずとも進行が遅くなるのではないかと思ったのです。
まずは手術後のリハビリ
いずれにせよ、まずはしっかりと摘出手術後のリハビリに励むだけです。では手術後、私はどんなリハビリをしたのでしょうか? ぶっちゃけて言うと、医療チームから言われたことを忠実に守って消化していっただけでした。
「リハビリを頑張った自慢」の、いわゆる自画自賛になってしまうのですが、術後のリハビリを乗り切ったことで、当初3週間の予定だった入院期間が、かなり短くなりました。「リハビリを頑張る」と、前に進むことができるのです! 退院が早くなるのです!(笑)。
逆に言えば、「リハビリをサボる」と悪い影響が出るという、実にシンプルなことで、つまりは「サボるな」ということです。でも実際には大変です。今回も含めて多くのリハビリでサボりたくなる原因のひとつになるのが、「傷口の痛み(もしくは怪我した箇所の痛み)」です。今回は痛みとの戦いでした。
何しろお腹にはバッサリと25センチ以上の傷口があるのですから、手術直後はもちろんのこと、しばらくは何をしても痛いのです。しかしながら「すぐにでもリハビリ開始」という私の姿勢や考えを事前に告げていたために、担当の看護師さんは「津久井さん、すぐにリハビリを始めましょう、私ドSですから思いっきりいきますね」と手術が成功したら積極的に開始しようと決めていたようでした。
合言葉は「痛いだけ」
腫瘍摘出手術をして、その晩は集中治療室にいましたが、次の日の朝には一般病棟に戻りました。看護師さんはにこやかに私に言いました。
「お昼ご飯を食べて落ち着いたら、一回立ち上がって歩いてみましょうか?」
「でも傷口とか大丈夫ですか?」
不安な言葉が口をつきます。すると「大丈夫です、ものすごく丁寧に縫ってありますから。それに他の部分に問題はありませんし」。ドSを公言する看護師さんはにこやかに告げます。
「ただはっきりしているのは、術後すぐに点滴の麻酔も背中からしていますが、それがなくなると痛いと思います」
「そうですか、痛いだけなのですね」
「はい、そうです、痛いだけです」
合い言葉が決まりました、「痛いだけ」です。手術の影響を跳ね返すリハビリ開始です。
プロフェッショナル軍団
医師の他のプロフェッショナルな軍団が術後に私を待ち構えていました。それは看護師さん、理学療法士(PT)さん、作業療法士(OT)さんです。本来はここに言語聴覚士(ST)さんが加わるのですが、今回の手術は腫瘍摘出手術で、術後の療養はシンプルな運動能力の回復のためにあるので、残念ながら「声」のリハビリのために一番会いたかったSTさんは不参加でした。傷口のケアやその後の状態に合わせた治療をするのは医師ですが、機能回復や生活面でのメンテは、今の病院の入院体制ではこのプロフェッショナル軍団が中心となるのです。「さぁ、立ち上がりましょう」元気な看護師さんの声に背中を押されて立ち上がり、「歩行器でちょっと歩きましょう」と廊下を一往復。
「あれっ、思ったほど痛くない?」
「そうでしょ、背中からの点滴麻酔が効いている今のうちに頑張ってもらって、体を動かせる人は動かした方がいいんです。もう一往復行きます?」
「さすがプロですね、そして本当にドS」
熱血タイプのPTさんは、「ALSの障害もありますし、立って動くのは傷口にまだ負担がかかるので、まずはマシン運動で筋肉を連動させてしまいましょう! 初日は50回、ここから増やしていきますよ~っ!」。
一番軽いペダルをこぐとなかなかキツイ。「これ、全身運動ですね」と言うと即座に、「座って手と足を連動させる運動ですから、思ったよりも腹筋を使わないように自分で自然に工夫できますし、有酸素運動をやった方が傷口の回復が早いです!」。
さすがプロですね。声も熱く響いていました。
「声を出す部屋」
面倒見が良く勉強熱心なOTさんは「津久井さん、『声』を出すとしたら、地下のリハビリエリアのそばに面談ルームがあるので、そこで少しなら出せると思います」と教えてくれました。
しかし実際に声を出すと、「思ったよりも大きいですね、ちょっとこちらへ」と別の一番はじの部屋に案内されました。
「ここから窓の方に向かって出してください、窓の向こうは道路なので大丈夫です。ちょっと声を出すのを見学して良いですか?」
さすがプロ、そして勉強熱心。こんな素敵なメンバーに後押しされて、リハビリがスタートしました。
術後の反応で39度くらいまで熱は出ましたが、解熱剤と痛み止めで抑えて、心配された感染症にもならず、毎日一本ずつ体から管が外されていきました。この調子で順調にいって欲しいと心から思っていました。背中の麻酔の点滴がなくなって感覚が戻ってくると、まさに「痛いだけ」との戦いになりました。手術は溶ける糸を用いて内部でしっかり縫っていただけたので、何もしなければそんなには痛くないのですが、「何かをすると痛い」のです。でも逃げるわけにはいきません。
エキスパートの皆さんと、「さぁ頑張りましょう、痛いだけですから」
「そうですよね! 痛いだけですものね!」「合い言葉は『痛いだけ!』」本当に頑張りました。「ドM」で良かった(笑)。
複雑な気持ち
2020年になってしまうのではないかと思われた退院も、当初の予定通りに戻りそうでした。傷口の回復力が高く、その他の機能の平常化もかなり早かったのです。しかしALSの進行に何か良い影響があるとしたら、1週間から10日くらいで手ごたえというか、「体ごたえ」があるのではないかと思っていたのですが、なかなかはっきりとした事象は現れてくれませんでした。ALSが原因で低下していく機能がある一方、腫瘍摘出手術で影響を受けたところはガンガン回復していく、ちょっと複雑な気持ちになりました。
しかし、「呼吸機能系の低下がゆっくりになった」気はしました。同時にたしかに機能低下(特に運動機能)はしているのですが、連日リハビリをしたことによって、まだ動くところを有効に使って、生活に必要な動作を補う感覚が生まれてきたのです。機能が元通りになったり向上したりはしないですけれど。私にとっては、「声を維持すること」が一番大切です。同時に、筋肉が痩せて運動機能が落ちるALSの進行を抑えていくべく、「リハビリ」と「自主トレーニング」を工夫して欠かさないことが必須なのでした。
2019年12月23日、順調に2週間あまりで退院になりました。同時に心配なくALSの治験を受けられることにはなりましたが、大きな手術だったので、まだまだ術後回復も大切です。居宅介護支援事業所の担当の方との話し合いにより、しばらくは自宅でできる「リハビリ」「自主トレ」をして、ALSの進行に対しての生活の準備をしていくことになりました。
