“歌舞伎町の空きテナント”が”プロレスの聖地”になるまで。惜しまれつつ9月末で閉館する「新宿FACE」支配人を直撃
プロレス、格闘技、演劇、音楽ライブ、歌舞伎--収容人数は500人と、決して大きくはない空間で、ジャンルを超えた表現活動を受け止めてきた。
「もともと、“5年間限定”で営業する予定だったんです」
そう語るのは、新宿FACE支配人の小川愉可さん(52歳)だ。
◆「5年間だけ」のプロジェクト
「歌舞伎町再開発の一環で始まったプロジェクトでした。それが、5年が経ち、再開発が立ち消え、10年になり、20年になり、現在21年になったわけです」
このまま繁華街のど真ん中で様々なイベントの受け皿になり続けるのかと思いきや、そうは問屋が卸さない。新宿FACEが入る「ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町」は竣工から約55年経つ。年月を重ね、給排水など建物内部の設備も老朽化。建て替えの可能性は数年前から議論されていたというが、正式な決定は急だった。
「建て替えが決まったのは今年の年明けで。心構えはありましたけど、閉館まで1年もないとなると、さすがにバタバタしてしまいました」
新宿FACEは、1年先まで予約を受けており、閉館決定時にも10月以降の予定が動いていた。
「もっと早く知っていたかったですね(笑)。“なんでこんなことに”って感じです」
笑い飛ばしながらも、その言葉には21年間を支えてきた人間としての無念さがにじんだ。
◆堺屋太一氏の提案が、形になった
新宿FACE誕生の背景には、作家で経済企画庁長官も務めた堺屋太一氏の存在がある。
この場所にあったのは、ライブハウス「新宿リキッドルーム」だったが、振動などの問題から営業継続が難しくなり、空きテナントとなった。
ビルオーナーの関係者(当時)と親交があった堺屋氏は、大のプロレスファン。それゆえに「プロレスができる会場はどうか」と提案したそうだ。
こうして、着席型でプロレスも開催できる会場が構想された。
ただし、プロレスだけで年間365日を埋めることは難しいため、舞台、芝居、音楽なども積極的に受け入れる方針に。「何か一つに特化しない」会場として歩み始めたのだ。
来るもの拒まずの精神は現在も変わらず、公演の半分ほどはプロレスや格闘技などリングを使うもの。残りは舞台を中心としたステージ公演だ。
◆印象深い“新宿FACEならでは”の公演
約21年間で印象に残った公演を尋ねると、小川さんは意外にもプロレス以外の公演を挙げた。
