「最終的には松本山雅FCに戻りたい」けがで挫折も夢は消えず…ラオスでプロになった元山雅アカデミー所属の本多涼祐選手25歳【長野】
特集です。
一度は諦めたプロサッカー選手への道。再び立ち上がり、夢をつかんだ信州人がいます。ラオスで戦う、諏訪郡下諏訪町出身の25歳。彼を支える夢の先には、幼い頃から憧れていた松本山雅FCの存在がありました。
1人黙々とボールに向き合う、下諏訪町出身の本多涼祐選手25歳。
本多選手は今年5月、東南アジアのラオスにあるプロサッカークラブ「サバナケット・ゼロスFC」とプロ契約を結びました。ポジションはミッドフィルダーですが、サイドバックとしてもプレーができ、マルチな活躍が期待されています。
「目標をどれだけブラさずに真っすぐサッカーをやり続けるか。これだけかなと思っています」
日本から約4000キロ離れているラオス。人口は約800万人。面積は、日本の本州と同じくらいです。
国際サッカー連盟FIFAのランキングでは、日本が17位に対してラオスは185位。でも、サッカーはラオスの子どもたちに人気のスポーツで、最近はレベルも少しずつ上がってきているといいます。
ラオスでは、2013年に国内の本格的なプロリーグがスタート。本多選手が加入している「サバナケット・ゼロスFC」は、今年新たに発足したクラブで、トップリーグに加盟しています。
夢に見ていたプロの舞台。しかし、スタートラインに立った直後、試練が本多選手を襲いました。
シーズン前の練習試合で、相手のゴールキーパーと交錯。右膝の骨を折りました。
本多涼祐選手
「やっとここから始まっていくという時にけがをしてしまって、骨折と聞いた時は心が折れそうでした」
少しでも早く復帰するため、今はふるさと下諏訪町でリハビリに励んでいます。
本多涼祐選手
「曲げ具合はスムーズにできて、圧迫感がちょっとあるかなくらいで痛みはほぼない状態」
キレア整体院 山田恭正院長
「だいぶ良くなってきて、あと1割くらい本多選手は結構細かいです。すごく敏感というか数値を1.5とか0.5とか言ってくれる選手ってあまりいなくて、痛いか痛くないかって感じだったりするんですけど、細かいところまで言ってくれるので」
4歳でサッカーを始めた本多選手。幼い頃から見据えていた目標がありました。
本多涼祐選手
「松本山雅FCでプロサッカー選手になることを目標に、ずっとサッカーをやっていました」
中学・高校では、松本山雅のアカデミーに所属。クロスの精度とドリブルの突破力を武器に活躍しました。その頃、一緒にプレーしていたのが樋口大輝選手。現在、松本山雅のトップチームに所属しています。
樋口大輝選手
「よくご飯に行くんですけど、2人でカレーもついているステーキのセットを頼んで、メガ盛り大盛りみたいなものがあって、2人で近況を報告し合いながらよくご飯に行ったりしています」
小学生の頃から選抜チームなどで切磋琢磨してきたライバルであり、いい仲間です。
樋口大輝選手
「プレイヤーとしてはドリブルもうまかったし、クロスでアシストみたいなちょこちょこしているのもうまいなっていう印象。もっともっと上でやれるんじゃないかなっていうのは、今でも思っている。自分も海外に行きたいっていう目標だったり夢があるので、いつか一緒にできたらなと思っています」
本多選手は大学に進学してからもサッカーを続け、存在感を示していました。しかし、3年生の秋には右膝の靭帯を損傷。
本多涼祐選手
「サッカーができない期間が10か月くらいありました。途中からグラウンドに行くのが苦しくて」
けがと復帰を繰り返す中で、本多選手はサッカーから離れる決断をします。
サッカーを辞めたあとは、仲間とプロテインの開発を行う会社を立ち上げ、それまでサッカーに注いでいた情熱を仕事に向けました。
本多涼祐選手
「事業を始めた時には、一度サッカーにふたをしていたわけですけど、毎日日記とか自分の目標とか書いたりするんですけど、その時にサッカーって書こうとしている自分がずっといるんですよ」
自分の中では終止符を打ったつもりでいたサッカー。でも、それが消えることはありませんでした。
本多涼祐選手
「今の自分の心にうそをつき続けている状態は、絶対後悔するなと思って」
この時、24歳。今しかない。もう一度、プロを目指して挑戦することを決めました。
今年、セレクションを受けて見事合格。
本多涼祐選手
「飛び跳ねました。めちゃめちゃうれしくて」
新たな出発地として選んだラオス。日本とは違うサッカー文化に戸惑いもありました。
本多涼祐選手
「日本サッカーはアジアの中だとレベルが飛び抜けているので、選手だと共通の認識の当たり前みたいなものがある。例えばボールアタックに行ったら一人カバーするとか。まだラオスではそこが浸透していない」
この日は、リハビリの合間に地元の友人とキャンプへ。
本多涼祐選手
「キャンプゴーゴーチャンネル、ようこそ皆さん、ほんでぃーです。第一印象からいいバナナだなと思いました。むいてみると内側に秘めた思いが詰まっていて、このバナナにきょう出会えて良かった」
プライベートでは、持ち前の明るさでいつも仲間を楽しませてくれます。
鷲澤幸毅さん
「一年前の涼祐と全然違うもんね。想像もしていなかったし」
本多選手が中学1年生の時に担任だった鷲澤幸毅さん。今は教員を辞め、声楽家として新しい道を進んでいます。これまで本多選手が進路に迷った時、いつも鷲澤さんが相談に乗ってくれました。
鷲澤幸毅さん
「歌で海外へ留学をしている経験があるので、アドバイスで海外にすぐ行った方がチャンスをつかめるんじゃないかという話をしました」
夢を追いかけ、新天地での活躍を誓う25歳。まだまだその先に、見据えるストーリーがあります。
本多涼祐選手
「まずはラオスリーグで試合に出て、結果を残していく。ラオス国内だけではなくて、もっとレベルが高いリーグにステップアップしていく。最終的には松本山雅FCに戻りたい、戻ってくるというのが僕の目標です。松本山雅は僕の血液だと思っています。緑の血が流れているので、ゆくゆくは2万人のアルウィンの中でプレーをしたいと思っているので頑張ります」

