愛知県幸田町の大井池脇にある調査地点。研究チームは約800メートルの林道で、3年間にわたりオバボタルの出現状況を調査した

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 日本の野山でごく普通に見られる「オバボタル」。これまで一つの種だと考えられてきたこのホタルが、実はよく似た2つの種に分かれる可能性が高いことが、中部大学の研究で明らかになりました。

 しかも、その違いに約90年前、すでに気付いていた“伝説のホタル研究者”がいました。

 中部大学応用生物学部境生物科学科の大場裕一教授、藤森憲臣研究員、平田秀彦研究員による研究成果は、9月4日付で動物学の国際誌「Zoological Letters」に掲載されています。

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■ 身近なホタルなのに、なぜか出現期間が長かった

 オバボタル(学名:Lucidina biplagiata)は、北海道から本州、四国、九州まで広く分布するホタルの一種です。

 体長は1センチほど。黒い体の胸部に2つの赤い模様があり、ゲンジボタルやヘイケボタルにも似ていますが、成虫は発光しません。昼間に活動し、野山では葉の上などで見つけることができます。

 しかし、以前から不思議に思われていたのが、ホタルとしては出現期間が5月~8月と長いことでした。

 そこで研究チームは、愛知県幸田町の大井池近くにある約800メートルの林道で調査を実施。2019年から2021年までの3年間、5月から8月にかけて、雨の日を除きほぼ毎日林道を歩き、葉の上にいるオバボタルを数えました。

 すると毎年、出現数には二つの大きな山があることが判明します。

 5月上旬から姿を見せ始め、5月末ごろにピークを迎えた後、6月半ばにはいったんほとんど見られなくなります。ところが6月後半になると再び増え始め、7月初めごろに二度目のピークを迎えていました。

 単に一つの種が長期間現れているのではなく、別々の集団が時期をずらして現れている可能性が浮かび上がったのです。

■ 胸の「赤い模様」を調べると違いが

 研究チームがさらに注目したのが、胸部にある赤い模様です。

 雄の個体を詳しく調べたところ、早い時期に現れるものでは赤い模様の内側の角度が大きく、遅い時期に現れるものでは角度が小さい傾向が確認されました。

 ただし見た目だけで完全に区別できるわけではなく、中間的な個体も存在します。また、雌では同じ方法による明確な傾向は確認できませんでした。

 そこで遺伝子を解析したところ、オバボタルとされてきた個体は、「Aタイプ」と「Bタイプ」という全く異なる二つの系統に分かれました。

 さらに限られた回数ながら交配実験も実施。同じタイプ同士では交尾が確認された一方、異なるタイプを組み合わせた実験では交尾が確認されませんでした。

 研究チームは、こうした出現時期、外見、遺伝子、交配実験の結果から、現在「オバボタル」と呼ばれているものの中に、生殖的に隔離された二つの「種レベルの系統」が存在することを強く支持する結果だとしています。

■ 90年前、「伝説のホタル研究者」はすでに気付いていた

 そして、この研究をさらに興味深くしているのが、今から約90年前の記録です。

 日本のホタル研究に生涯を捧げた“伝説のホタル研究者”、神田左京(1874~1939)は、1935年に自費出版した著書「ホタル」の中で、すでにオバボタルの胸部の模様には二つのタイプが存在すると指摘していました。

 神田は、一方を「イ型」、もう一方を「ロ型」と分類。

 イ型は赤い模様が小さく、中央の黒い部分が太く真っすぐ。一方のロ型は赤い部分が大きく、中央の黒い部分が「八」の字を逆さにしたような形になるとして、図まで残していました。

 当時は当然、遺伝子解析など存在しません。

 それでも神田は、目で見たわずかな違いから「何かが違う」と気付いていたことになります。

 そして約90年後。その違いが、現代の遺伝子解析によって再び浮かび上がりました。

■ では、どちらが「本当のオバボタル」?

 ところが、話はここで終わりません。

 二つが別種だとすれば、当然「どちらが従来のオバボタルで、どちらが別の種なのか」という問題が出てきます。

 その答えを知る重要な手掛かりとなるのが、オバボタルという種の基準となる「タイプ標本」です。

 この標本は、明治時代に日本で採集され、現在はロシア・モスクワ大学の動物学博物館に収蔵されています。

 研究チームの大場教授は2017年、現地を訪れてこの標本を調査しました。

 しかし、そこで問題が発生します。

 保存されていた標本には、今回二つのタイプを見分ける重要な手掛かりとなった「胸部」が残っていなかったのです。

 このため現時点では、AタイプとBタイプのどちらが本来のオバボタルに当たるのか、そしてどちらを別種として扱うべきなのかは確定していません。

 論文でも、今回の解析はオバボタルの分布域全体を対象としたものではないことから、最終的な分類についてはさらなる調査が必要としています。

 約90年前に残された小さな違和感から始まり、現代の遺伝子解析によって姿を現した二つの系統。しかし、その正体を最後に確定するための標本からは、肝心の部分が失われていました。

 身近な野山にいる一匹のホタルをめぐる謎は、どうやらまだ完全には解けていないようです。

<参考・引用>
<出典>
中部大学「隠蔽種(いんぺいしゅ)のホタルを発見:同じ場所で時期をずらして現れる2つの近縁種-伝説のホタル研究者が90年前に残した予言を科学的に証明」(9月11日)
Yuichi Oba, Noriomi Fujimori, Hidehiko Hirata, “A potential presence of cryptic species in the Asian common dark firefly Lucidina biplagiata”, Zoological Letters 12, 14 (2026)
DOI:https://doi.org/10.1186/s40851-026-00273-8

Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By おたくま編集部 | 記事元URL https://otakuma.net/archives/2026091403.html