『水滸伝』に描かれている「愛」とは? 俳優・木村達成が史進を演じながら原作を読んで感じた愛と、撮影現場での愛

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俳優・木村達成が語る、北方謙三『水滸伝』との出会い。ドラマ撮影と並行して原作を読み進めた彼は、撮影現場と小説の世界に共通して流れる「愛」を発見したという。原作に描かれる愛、撮影現場で感じた愛、ふたつの愛を語ってもらった。

【写真】水滸伝を読む俳優の木村達成さん

北方先生、どこまでやるんだと思った

──今回は魯智深(ろちしん)の話から始めましょう。五巻では大きな転機を迎えます。

木村達成(以下同) 魯智深は北に向かったまま行方知らずになっていたんですよね。梁山泊(りょうざんぱく)の軍師、呉用(ごよう)が拠点をつくりたいと北に向かい、魯智深が宋(そう)を出て隣の遼(りょう)という国に入ったまま帰ってこないことを知る。しかも賊徒の長、蠟飛(とうひ)が単身で魯智深を探しに遼に入る。

その蠟飛が魯智深を救出するくだりにはのめり込みました。蠟飛がすごいんですよ。物乞いのかっこうをして街から街へと移動して、とある街で糞尿(ふんにょう)を片づける下働きをしながら潜入すると、牢屋で魯智深を見つける。魯智深を脱出させ、舟で川を下り、舟がだめになれば走って海に出る。見つけた船に乗り込み、ひたすら西へ漕ぎ続ける。あの熱量がたまらないですね。

蠟飛は、最初は「激ザコなキャラだな」と思ったんですよ(笑)。魯智深の錫杖(しゃくじょう)に鎖鎌を絡めとられて秒で打ち倒される。でも、「激ザコ」が頑張るからこそいいんです。魯智深にあっけなく倒される場面があったから、その後の脱獄がより輝きましたね。

──魯智深が脱獄するために自分の手首を切るシーンは凄絶でしたね。

鎖を外せないから、自分で切るんですよね。そこから脱出して、やっと安全な場所にたどり着いた後も命の危険があり、安道全(あんどうぜん)に肩から腕を切るしかないと言われる場面もすごかったですね。

「左腕を、肩から切り落とすぞ、魯智深。痛みをやわらげる薬はあるが、それを遣うことはできん。できるだけ気持をしっかり持って貰いたい。それが、必要なのだ」
「安道全か」
「すぐにはじめるが、暴れられても困る。林冲(りんちゅう)らに躰(からだ)を押さえさせる」
「必要ない。起こしてくれれば、俺はここに座っていよう。なにがあろうと、暴れたりはせん」
「しかしな」
「やってくれ。暴れたら、俺が死ぬだけのことで、そしてそれは俺のせいなのだ」

(北方謙三『水滸伝』第五巻「玄武の章」集英社文庫 p213)

安道全は小刀で肉を切り裂いていくんですけど、魯智深は「微動だにせず、声もあげなかった」し、腕を切り落とした後も、「魯智深は、額にわずかな汗を浮かべているだけだ」。この一文はヤバいですよ。

しかもその後、切り落とした自分の腕を焼いて、林冲と食うんです。林冲が「魯智深は、うまいぞ。銭に困ったら、右腕も売れ」って言うんですよ。

腕を切り落とすっていう、映画の『ソウ(SAW)』みたいなシーンが来たと思ったら、その後に、林冲が薄く切った肉を火鉢の炭で焼いて、塩をつけて口に運んでる(笑)。

捨て身のギャグですよ、あれは。北方先生、どこまでやるんだって思いました。

──原典にあるのかなと調べたら、北方先生の創作だそうです。すごいことを思いつきますよね。痛みに耐え抜いた魯智深に驚いている安道全に、魯智深が「痛みが、心の中のなにかを癒す。そんなこともあるのだ」と言うのも印象的でした。

その部分には僕も付箋を貼りました。その言葉の少し前、林冲が安道全にこう言うところも好きですね。

「安道全。おまえは、人がこうだと決めてかかっている。そうではない人間がいる。いや、そうではなくなることができる、というのかな。魯智深はそうだ。俺も多分、腕を切り落とすぐらいなら、耐えられる」
(北方謙三『水滸伝』第五巻「玄武の章」集英社文庫 p219)

禅の言葉みたいな深さを感じますね。

あと、魯智深が魯達(ろたつ)に改名するところもよかったですね。自分の腕を食ったような男が坊主は続けられないだろうと林冲が魯智深に言って、坊主になる前の名前にしろと勧めるんですよね。魯智深が返した言葉が「悪くないかもしれんな」「いろんな着物が着られる」(笑)。いいなあ。

“漢”たちの死と、託されたもの

──そして五巻のクライマックス、楊志(ようし)が亡くなってしまう場面についてはどうでしたか?

馬桂(ばけい)が犬の白嵐(びゃくらん)を使って、楊令(ようれい)を探させ楊志の居場所を突き止めるやり方、あれは本当に卑劣ですよね。楊令がそのことを後から知ったら、めちゃくちゃ心の傷になるなと思って心配になりました。

でも、楊志の最後の戦いっぷりはかっこよすぎます。

 ふり返る。楊令。済仁美(さいじんび)に庇われるようにしながら、顔だけこちらにむけていた。眼が合った。笑いかけようと思った。笑えたかどうかは、よくわからない。父を見ておけ。その眼に、刻みつけておけ。
 地を這うように、斬撃が来た。かわしもせず、楊志はその男を頭蓋から両断した。
(北方謙三『水滸伝』第五巻「玄武の章」集英社文庫 p294)

ドラマ版の主題歌、MISIAさんが歌う「夜を渡る鳥」が流れてくるんじゃないかって思いましたね。映像が脳裏に浮かびました。

駆けつけた石秀が楊志の死を確認するところもいいんですよ。

 楊志のそばに、石秀は駈け寄った。眼は見開いていた。しかしもう、生の色はなかった。
 楊志に、なにが起きたのか。信じたくなかった。すべてがわかっていても、信じたくなかった。涙だけが、溢れ出してきた。空を仰ぎ、石秀は何度も、くり返し叫んだ。
「隊長」
(北方謙三『水滸伝』第五巻「玄武の章」集英社文庫 p297)

石秀が楊令に致死軍の剣を渡すところも熱かった。あの瞬間もまさに「託す」場面。石秀は楊令が、楊志が遺した吹毛剣(すいもうけん)を使えるようになるまで、俺が使っていた剣を使え、と言っています。

──楊令という存在が、五巻でぐっと大きくなってきましたね。

楊令は多分とんでもない人間になりますよ。石秀が稽古をつけて剣を振り降ろしたときも、楊令はまばたきさえしない。公孫勝(こうそんしょう)みたいなクールな軍人になるのかな。それともいろいろな経験をしてまた変わっていくのかな。この先、いろんな“漢”たちの思いを受け取っていくと思うと、将来が楽しみですね。

愛の物語、愛のある撮影現場

──五巻まで読んで、小説とドラマとの違いをどうお考えですか。

小説を忠実に再現しようとしたら、大河ドラマ以上のボリュームが必要ですよね。でも、時間の制約があるからこそ、どのエピソードを選んで、どう映像化したかを原作と見比べる楽しみがあると思います。

僕たち役者の仕事も、原作で書かれているバックボーンを理解したうえで、それを限られた登場シーンで表現することなんです。

──現場の雰囲気がとてもよかったとおっしゃっていましたが、あらためてふり返ってどうでしたか。

スタッフワークがすばらしかった。整いすぎている環境だったというのが本音で、愛すべき現場でした。

現場に入る前は、演技をする環境はどうなんだろうとか、自分が期待に応えられるだろうかとか、いろんな不安があるんですけど、いざ、その場所に立ってみると、ちゃんと必要なものが十分に用意されているから、最高の舞台になっていました。「よし、やったるかー!」という気持ちで芝居に臨めましたね。

若松監督は「いいよ、達(たつ)」「達、いいよ」って何度も言ってくださって──たぶん、みなさんに言ってると思いますけど(笑)──そのうえ、すごくいいお言葉をいただいたんです。

「なぜ今、みんなが時間をかけて準備しているかわかるか? お前がいい芝居をしているからだよ。もっとやれ。お前をもっとよく見せようとしてみんな頑張っているんだから」と。

朝から晩まで重い棒を思い切り振り回して、タトゥーが剥げていないかを何度もチェックして神経を使う中で、あの言葉にどれだけ救われたことか。

──いいお話ですね。五巻まで読み終えて、改めて小説『水滸伝』をどう捉えていますか?

一言で言うと“熱い”。そして面白い。これは人気が出るのは当然ですね。一冊四百ページ近くあっても、読み始めると引き込まれて時間を忘れます。登場人物は多いですが、一人一人がそれぞれ違う心を持って生きていることがちゃんと伝わってきます。

梁山泊と青蓮寺(せいれんじ)。対立する二つの集団の、どちらかが正義で、どちらかが悪というわけではない。おのおのの正義がぶつかり合うから面白いんだと思います。

──俳優として登場人物の一人を演じながら原作小説を読むという経験はどうでしたか。

やっぱり史進(ししん)が何をするかが気になりました。しばらく出てこないと、いまどうしているだろうと思ったり。

ドラマの撮影をしながら読んだというのもいい経験でしたけど、若い頃に読まなくてよかったとも思いました。史進ぐらいの十代、二十代前半に読んでいたら、たぶん書かれていることの意味が今ほど理解できなかった。この歳になって、しかもドラマの撮影を経験して読めたのは本当にありがたかったです。

ここまで読んできて思ったのは、北方先生の『水滸伝』が、愛の物語だということ。登場人物たちがみな、愛する者のために戦う。死ぬとしても、愛する者に思いを託す。いい時代になってほしいという願いをバトンのようにつないでいく。ドラマの撮影現場にもそういう愛がありましたね。本当に愛すべき現場でした。

木村達成、北方謙三『水滸伝』を読む。は今回で最終回です。ありがとうございました。

聞き手・構成/タカザワケンジ

北方謙三「大水滸伝」シリーズ公式サイト
https://lp.shueisha.co.jp/dai-suiko/