余った「高いコメ」を、税金で買い支える異常…農水省に「備蓄を100万トンに戻せ」と求める産地の知事たちの本音

■さらなる「備蓄米買い戻し」を求める大合唱
9月1日、鈴木憲和農水大臣は、食料安全保障のために21万トンの備蓄米を買い戻すと発表した。しかし、米価下落を防止するのに十分ではないと考える農業界はさらなる買い戻しを要求している。新潟、秋田、山形などの産地の県知事たちは、「適正な備蓄水準の100万トンまで買い増しすべきだ」と主張している。
買い増しの理由として掲げられているのは「食料安全保障」である。食料安全保障とは消費者の主張である。それなのに、東京都や大阪府などのコメ消費地の知事から備蓄米買い増しの要請はない。驚いたことに、朝日新聞の9月5日付の社説も、追加の買い戻しを批判しながら、適正水準の3分の1まで減少しているので、「政府には食料安全保障の観点から回復させていく責任がある」としている。
消費者のことを真剣に考えるのであれば、25年産米が史上最高値をつけたときに、産地の知事たちは、「コメが高すぎるのでJA農協は在庫を減らして供給を増やすべきだ」と主張するべきだったのではないだろうか。

通常の財なら、在庫が増えれば価格は下がる。
過去に例がないほどJA農協など民間在庫が積みあがる中で、過去に例がないほど高い米価が実現したことの不思議さに気が付かなかったのだろうか。
終戦後の食糧難時代、彼らの先輩である産地の知事が消費地へのコメの移送に激しく抵抗し、都市住民を含め国民すべてに対して配給米を供給したい農林省をさんざん苦しめた歴史を思い出した。
■なぜ「高くて古いコメ」を買い戻すのか
コメには伝統的に二つの高米価政策がある。
一つは「生産前の減反(コメ作付け面積減少)」であり、一つは「生産後の政府買い入れ(価格低下圧力となる過剰在庫解消)」である。いずれも財政(納税者)負担によって供給を減少させて米価を高くし、消費者負担を高めようとするものだ。国民や消費者の視点はない。
今回買い戻しをしようとする一般競争入札で売り渡したコメ(江藤拓農林水産大臣〔当時〕が在任中に放出した米31万トン)は23年産と24年産である。買い戻し期限は5年もある。備蓄米水準の回復というが、なぜ米価が異常に高騰した25年産米で買い戻そうとするのか? 米価が落ち着くだろうと思われる26年産、27年産まで待てば、場合によっては国に差損ではなく差益が生じる可能性があった。コメ騒動が起きる前は精米5キログラム1500円~2000円で購入していた(図表1参照)。今の値段は、その約2倍もしている。
在庫がジャブジャブと言っていい今、コメ騒動が起きることはない。食料安全保障の見地と言ってもあわてて備蓄米の在庫を回復する必要はない。足りなくなって米価が上昇すれば、コメは民間の在庫から出ていくだけだ。
過去の農水省の価格安定対策は、過剰で安くなったときに買い入れ、不足して高くなったときに放出するものだった。今回は過剰で高くなったときに買い入れるという、私の人生で一度しか出会えないような事態である。
政府は、供給量を確保できる見通しが立ったため、食料安全保障の観点から備蓄を計画的に回復すると説明する。しかし、私はこの買い戻しの実質はJA農協の救済だと考える。高い概算金を生産者に払った結果、高い米価でしか処分できない25年産米を大量に抱えたJA農協の在庫を、政府が引き取ることになるからだ。

■生産県の知事たちの本音
食料安全保障はとってつけた理由で、本音の理由は21万トンでは過剰在庫の解消には不十分で米価がさらに低下するかもしれないという心配だ。
産地の知事は、コメ生産者やJA農協の意向を無視できない。生産者としては少しでも価格が下がるのは嫌だ。したがって、もっと買い増し量を増やすべきだと言う。ただし、26年産21万トンは既に入札終了、25年産21万トンを9月18日に随意契約で買い戻すとしているので、備蓄目標100万トンまで買い付けられる残りの量は26万トン~58万トン(現在ある古い備蓄米32万トンを全量直ちにエサに処分した場合)となる。26年産が大幅な生産増加と予想されるので、58万トンでも期待したほどの米価下支え効果はないかもしれない。
■いままでにない「農業界の要請」
しかし、史上最高値の25年産米価より26年産米が3~4割下がったとしても依然23年産米を5割も上回る高米価である。おおむね2005年以降、農水省やJA農協は減反によって実現したい目標価格を、JA農協が卸売業者に販売する際の玄米60キログラムあたりの相対取引価格を1万5000円(農家手取り1万2000円)としてきた。
1万5000円という価格が明らかにされてきたわけではないし、これに何らかの積算根拠があるわけでもない。しかし、かれらは米価がこれを下回ると減反を強化して、これを実現しようとしてきた。暗黙のコンセンサスが形成されていたと言ってよい。1万5000円が減反の目標価格であり、それ以上は望まなかった。このため、ほぼ20年間、米価がこれより上方に大きく乖離することはなかった(2023年までの19年間で1万5000円を上回ったのは8年、1万6000円を超えたのは1年だけ)。
この価格に見合う需要(700万トン)を予測し、生産可能数量(1000万トン)をそれまで減少させてきた。これが“需要に見合った生産”である。例えば、21年産の米価1万2804円は低すぎたので、彼らは22年産、23年産について減反を強化した。主食用米の作付面積は、21年130万ヘクタールから23年124万ヘクタールに減少した。こうして実現したのが23年産の米価1万5315円だった。
■「米価暴落」は起きていない
米価下落の不安というが、コメ騒動以前は1万5000円でコメ業界は満足していたのである。しかも、過去2年間コメ農家はバブル状態だった。1万5000円までの価格低下は受け入れられるのではないか?
これまでも米価が下がると零細農家は農地を貸し出し、賃料を得るように経営方針を転換して、規模拡大が進んだ。肥料価格の高騰とか主張されるが、それがコメ供給の大宗を担う大規模経営まで含めて、コメを生産できなくなるほど生産コストが引き上がっているのか。農水省が公表している交易条件指数(農産物価格と生産資材価格の比率)は2020年を100として2025年は109.8と約10%も改善している。検証責任は産地の知事など生産者側にある。

マスコミの記者は農水省や産地の知事の言い分を額面通りに受け取るのではなく、ファクツやデータによりクールに分析して報道することが必要である。特に、バブル米価を基準に「米価暴落」などという評価はしないでもらいたい。

■「100万トン」に食料安全保障上の意味はない
備蓄米100万トンの根拠は10年に一度の不作でも対応できるようにということだ。
しかし、100万トンでは260万トンものコメが不足した平成のコメ騒動に対応できない。しかも、平成のコメ騒動も含めて、コメだけが不作になる事態は餓死者が出るような食料危機ではない。今の備蓄米制度は食料安全保障を名目にしているが、毎年5年経過した備蓄米20万トンを家畜のエサに処分して、同量の主食用米を市場から買い入れ隔離するという米価維持政策に他ならない。国民はメニューにあるラム肉(食料安全保障)を農水省に注文して、犬の肉(高米価維持政策)を食べさせられているのだ。
■食料安全保障を掲げながら、食料自給率を下げるJA
不作で供給が減るとコメの価格が上昇する。代替品であるパンやうどんなどの小麦製品への需要が高まる。小麦輸入が増加するだけでなく、コメについても輸入が行われ国内に十分な供給が実現する。
コメの関税は60kgあたり2万0460円。通常のコメ価格は1万5000円なので、普通なら輸入価格がゼロ円でも輸入されない。そのような輸入禁止的な関税を我々はガットウルグアイ・ラウンド交渉で設定した。
しかし、国内の価格が3万7000円まで騰貴したので、輸入禁止的な高関税を払っても輸入が行われた。輸入価格が1万円なら2万円の関税を払っても国内産米より安い。我々が想定もしなかった高米価と輸入禁止的な高関税を乗り越えての輸入が、JA農協によって引き起こされたのだ。


コメの国内生産は増えたが、輸入も増えたために、2025年カロリーベースの食料自給率は2021年から2024年までの38%から過去最低の37%に低下した(逆に、生産額ベースの自給率は米価高騰によって上昇した)。食料自給率向上を叫ぶJA農協の高米価維持が、かえって自給率を押し下げる方向に働いたのである。
25年の関税を払った輸入量は10万6000トンで、低関税のミニマムアクセス米の10万トン(主食用枠)と同量である。農水省が本気で価格を下げようと思ったなら、ミニマムアクセス米の輸入枠を増やしたり、関税を一時的にも引き下げたり撤廃したりすることによって、もっと多くの量を輸入できた。史上最高のバブル米価に対して、農水省はこうした対策を講じようとしなかった。JA農協に対して、在庫を減らして米価を下げるべきだという指導すらしなかった。
平成のコメ騒動も260万トンものコメを輸入することによって解決した。不足すると輸入せざるをえなくなり、食料自給率を下げてしまうのだ。農業保護のためにコメ価格を維持しないといけないと訴える人に気づいてほしいのは、我々が貿易のない閉鎖経済ではなく、開放経済の中で生きていることだ。仮に主張を受け入れたとしても、かえって食料不足の危機を招き、農業自体も守ることができなくなる。
■輸入頼みの日本の食料供給
減反によって1967・68年に1445万トンまで拡大したコメ生産は700万トン程度に減ってしまった。
いま、国民への供給が満たされ、食料危機が起きていないのは、コメの生産が減った分を他の食料(小麦、大豆、食肉など)を輸入しているからだ。現に、今の食生活で国内農業は国内で供給される食料のカロリーのうち、国産で賄っている割合は37%にとどまる(図表4)。我々に食料を多く供給している主体は、国内農業ではなく輸入農産物である。
その低い自給率(国内農業)も、関税による高い国内農産物価格と膨大な財政負担(つまり消費者としての国民と納税者としての国民の双方の負担)によってかろうじて維持してきた。農業がないと国民は餓死するのではない。国民の負担によって農業が維持されてきたのである。今小麦100万トンの国内生産に財政が負担している2000億円を使えば、600万トンの小麦を輸入できる。
今の食生活は輸入で維持されている。しかし、台湾有事などでシーレーンが破壊され、輸入が途絶すると大変な危機が起きる。これに対処するためには、国内生産と輸入穀物等の備蓄しかない。このどちらもお粗末な状況である。

■農水省は国民のために働いてほしい
農業界は、食料自給率向上や食料安全保障を叫びながら、それを損なってきた。1960年から比べて、世界の米生産は3.7倍に増加したのに、日本は4割の減少である。しかも、補助金を出して主食のコメの生産を減少させている。
戦時中のコメの配給は2合3勺だった。しかし、米軍による輸送船の撃沈などで海外からの食糧輸送が滞り、配給が2合1勺に減らされた。こうした食糧事情の逼迫のなかで、日本は降伏せざるを得なくなった。終戦時、東京深川の政府倉庫には東京都民の3日分のコメしかなかった。
輸入食料が途絶したとき、国民に戦時中の配給米2合3勺を供給するためには1600万トンのコメが必要であるが、減反のおかげで今の日本には100万トンの備蓄等も含めても800万トンしか供給できない。この計算では、現在のコメ生産と備蓄だけで配給を維持できるのは半年程度にすぎない。
減反は水田面積の4割に及ぶ。また、コメ生産を減らすことが減反の目的なのだから、コメの面積当たり収量(単収)を増加させる品種改良もタブーになった。今では、カリフォルニアのコメ単収(生産性)は日本の1.6倍、1960年頃は日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれている。
日本の農業や農政は食料安全保障に役に立たないどころか、それを損なってきた。食料危機が起きれば、農水省はない方がよかったと国民は気付くだろう。誰のために仕事をしてきたのだろうか。
■本当に必要な食料安全保障政策
食料安全保障のための対策はある。仮に、日本の水田面積の全て(4割の減反面積の回復)にカリフォルニア米ほどの単収のコメ(単収1.6倍)を作付けすれば、長期的には1700万トンのコメを生産することができる。単収が増やせない短期でも、1000万トン程度のコメは生産できる。国内仕向けを700万トンとすれば300万トンを輸出できる。
日本米を300万トンも輸出できないという意見も聞く。だが、トヨタが自動車をアメリカに輸出し始めた時に、日本車はいまと同じくらい海外に輸出されていたのだろうか。日本のコメの品質の高さを侮ってはいけない。問題は価格が高いことなのだ。自動車に例えるとレクサスどころかロールスロイスに相当する日本のコメが価格競争力を持てば、世界のコメ市場を席捲できる。まさに鬼に金棒である。
減反を廃止し、国内需要を上回るコメを生産して、平時には輸出する体制を築いておけば、24年から25年にかけてのように国内で40万トン不足しても、輸出分を国内に振り向けることで対応できる。そうした体制があれば、今回のコメ騒動は防げた。
最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止によるコメの増産と輸出である。平時にはコメを輸出し、食料危機時には輸出に回していたコメを食べるのだ。平時の輸出は、財政負担の必要がない無償の備蓄となる。これがアメリカ、EUなどが行っている食料安全保障政策である。輸出余力のある国では、危機時に輸出分を国内に振り向けられる。輸出が備蓄の役割も果たすのである。

増産したコメを平時には輸出し、危機時には国内へ振り向ける体制が整えば、現在の政府備蓄米制度に頼る必要はなくなる。100万トンの備蓄どころか、単収が増えれば1000万トン万トンの備蓄を実現できる可能性がある。
80年代EUも日本と同様に農産物価格を上げたので過剰処理に悩んだ。日本が減反で過剰を回避したのに対し、EUは、生産は抑制しないで、できた過剰農産物を補助金付きで国際市場に輸出した。今は直接支払いによって域内農産物の価格水準を引き下げたので、補助金がなくても輸出できる。国内で消費する以上に生産して輸出すれば、国内生産を国内消費で割った食料自給率は100%を超える。
減反を廃止すれば、減反補助金や備蓄などに要している4500億円の財政負担は解消される。主業農家への直接支払いは1500億円で済む。国民は納税者としての負担を減少し、なおコメを安く消費できる。食料自給率は60%以上に上がる。
産地の知事が本気で食料安全保障を考えているなら、100万トンのコメの備蓄が必要だなどスケールの小さいことを言うのではなく、減反廃止を農水省に要求すべきではないか。生産を“減らそう”ではなく“増やそう”とする方が、生産者の意欲や創意工夫も刺激する。それが産地農業の活性化にもつながるのではないか。
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山下 一仁(やました・かずひと)
武蔵野大学国際総合研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2026年5月より現職。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(武蔵野大学国際総合研究所研究主幹 山下 一仁)
