【西脇 章太】部下を「ダチョウ」と呼び、椅子をぶん投げる…横浜市長と東京エムケイ、なぜ「トップの暴走」を誰も止められなかったのか
市長は幹部職員を怒鳴りつけ、机を叩いた。オーナーは営業所で椅子を投げつけた。片や政令指定都市、片やハイヤー・タクシー会社。組織としての接点はどこにもない。
だが、二つの現場で起きたことは変わらない。周囲の誰も止めなかった。止められなかったのか、それとも止めないほうが身のためだったのか。
「バカ」「ポンコツ」「人間のクズ」。職員に強い言葉を浴びせ、激高して机を叩く。気に入らない職員は市長室から遠ざける--。
横浜市の山中竹春前市長をめぐる問題で、第三者委員会の報告書はこうした言動を次々に認定した。耳を疑う内容が並ぶ。山中氏は8月28日に辞職願を提出。9月7日、市会の全会一致の同意を得て、ひっそりと市庁舎を去った。
その直前の8月には、ハイヤー・タクシー事業を手がける東京エムケイでも、社主の青木政明氏が従業員を怒鳴りつけ、椅子などを投げつけていた事実が明るみに出ている。
自治体のトップと、民間企業のオーナー。組織の成り立ちも目的もまるで違う。それでも経緯を追っていくと、同じ問題が浮かび上がってくる。強い権限を持つ人物の理不尽な振る舞いを、内部の誰ひとり止められなかった。
「極めて高い職務意識と熱意」を持っていた山中竹春だが……
横浜市の問題が動き出したのは2026年1月。当時の人事部長が実名で記者会見を開き、市長の言動を告発する。行政の中枢にいる現役幹部が、顔と名前を出して。異例中の異例だった。
7月に公表された報告書には、怒鳴る、感情をあらわにして机を叩くといった行為のほか、「切腹」という時代錯誤な発言、銃で撃つしぐさ、幹部職員を「ダチョウ」と呼ぶ侮辱…数多くの不適切な言動が並んだ。
一方で報告書は、山中氏が政策実現や市政改革に「極めて高い職務意識と熱意」を抱いていたとも記す。問題はそこから先にある。目的意識の強さが、いつしか部下を服従させるための攻撃にすり替わっていた。
複数の幹部は日頃から問題を認識し、一部は市長に意見もしていたとされる。それでも事態は改善しなかった。調査委員は背景として、市長の意向に沿わなければ不利益を受けるのではないかと職員が強く懸念していた可能性を指摘している。
「市長に問題があるなら、副市長や幹部が結託して止めればいい」。外から見ればそう思える。だが巨大な官僚組織で、首長は人事権を一手に握る存在だ。
長年かけて積み上げたキャリアが、トップの一存で崩れる。報告書は「飛ばされるかもしれない」と恐怖を与える趣旨の発言や、人事権を背景にした執拗な心理的圧迫までも認定した。
結局、この事態にメスを入れたのは人事部長ひとりの実名告発だった。自分のキャリアを投げ打つ覚悟がなければ、何も動かない。報告書自身が「一個人の決断と犠牲がなければ事案が表面化しなかった」と記している。横浜市という巨大組織の自浄作用は、働かなかったのだ。
誰も逆らえない「社主」を東京エムケイが締め出せたワケ
東京エムケイで問題が起きたのは8月13日。会社側の説明はこうだ。青木氏は都内の営業所を突然訪れ、点呼の際に乗務員へ英語の知識を問うテストを抜き打ちで行った。誰も答えられない。それに激しく腹を立て、大声で怒鳴り、椅子などを投げた。
同社は9月2日に会見を開き、パワハラ行為を全面的に認めて謝罪する。翌3日以降、青木氏を会社施設へ立ち入り禁止とする措置を取った。
ここで疑問が湧く。青木氏は現在の代表取締役ではない。役員に名を連ねてもいない。それでも会社は彼を「社主」と呼び、実質的な支配権を持つオーナーとして扱ってきた。
約30年にわたり数多くの中小企業の現場を見てきた、組織づくり経営コンサルタントの宮子智子氏は、こう話す。
「中小企業や同族企業では、『創業者だから』『大株主だから』というだけで、現場の誰も逆らえないアンタッチャブルな人が存在します。役職や組織図をいくら綺麗に整備しても、ガバナンスの実態はまったく機能していないケースが多いのです」(宮子氏)
社長への意見は、人生を賭けた「ギャンブル」
では、その「誰も逆らえない社主」を、東京エムケイはなぜ締め出せたのか。内部の自浄作用やコンプライアンス体制が働いて、暴走を未然に止めた話ではない。事態が表沙汰になり、SNSやメディアの批判にさらされた。
だから会社は、事後的な隔離という緊急避難に踏み切らざるを得なかった。日頃から彼に注意したり、その都度軌道修正する仕組みは、社内になかったと見ていい。
もちろん幹部には組織を守る責任があるが、パワハラ対策を社員ひとりひとりの「勇気」に委ねてしまえば、最後に重荷を背負うのは立場の弱い側だ。
絶対的な人事権を握る市長に苦言を呈する。生殺与奪の権を持つオーナーに「その指示には従えません」と正面から告げる。言葉にすれば簡単だ。だが当事者にとっては、自分の人生を賭けた博打になる。
では、実績を積んで組織の頂点に立った優秀な人物ほど、なぜ周囲の声が届かなくなり、暴走を深めていくのか。
後編『なぜ山中市長は「ダチョウ」と発言したのか。優秀なトップがモンスター化する理由』では、リーダーが陥る心理と、暴走を止める仕組みのつくり方を掘り下げる。
