(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

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 筆者はこの作品を試写で2度見た。1度目は残酷な現実に衝撃を受け、2度目は主人公の“戦後”に改めて感動を覚えた。監督は「野火」「斬、」などの塚本晋也。主人公のアレン・ネルソンは実在の人物だ。

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 1970年代、23歳のアレン・ネルソン(マーク・マーフィー)は豚小屋のような廃ビルの一室に身を寄せていた。18歳で海兵隊に入隊。ベトナム戦争に従軍して帰還したが、戦地で受けたトラウマから逃れられない。

 戦地の敵兵(ベトコン)は昼間は農民として働き、夜になると兵士になって襲ってくる。農民か兵士か見分けがつかない。そんな状況下でアレンが初めて撃ち殺したのは罪のないベトナムの農民だった。強烈な恐怖と疑念から、アレンたち米兵はベトコンとのつながりが疑われる村を次々と襲撃。多くの女性、子ども、老人を容赦なく殺してゆく。

 だがあることがきっかけでアレンの中にこの戦争への疑問が芽生える。帰還後もその疑問に追いつめられ、不眠症と妄想に見まわれていた。そんな中、ある小学校で戦争体験を語ることになった。女の子から受けた質問は「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」。長い沈黙の末、アレンは小声で「イエス」と答える。

 その後、アレンは結婚して家庭を持つが、悪夢とフラッシュバックの症状は一向に改善されない。しかしPTSDを専門とする心理学者ダニエルズと出会い、カウンセリングの治療に移行。そんな折、息子のショーンが海兵隊の入隊パンフレットを持ち帰るのだった……。

 前半はベトナム戦争における米兵の殺戮。後半は帰国後のアレンの苦悩とそれを振り切っての勇気ある行動を描いている。ベトナム戦争映画とはいえ、ハリウッド作品ほどの予算はかけていないだろう。それでも戦闘シーンは迫力に満ち、動くものを見たらすべて撃ち殺す米兵の野蛮な衝動を克明に描いている。

「戦地で教えられたのは『考えるな』『服従』『殺せ』だ」「アジア人を人間と考えるな」「ベトナム人をいくら殺しても罪にならない」という言葉に戦争の本質が現れている。その言葉に洗脳されて、アレンは人殺しを当たり前と考える兵士に変貌した。

 だが多くの人間には良心というものがある。彼はその良心の呵責によって、無抵抗の女性や子供、老人らを大量に惨殺した罪悪感にとらわれ、懊悩の泥沼でもがく。追い打ちをかけるように少女から「あなたは人を殺しましたか?」と責められる。医師は彼を救うために「キミはなぜ人を殺したのか?」との質問を幾度も浴びせかけてくる。

■本作を見ながら、さまざまなことを考えた

 戦争の狂気は人の心をむしばむ。それゆえアレンは苦しむのだが、医師のカウンセリングによって、新たな生き方を見出すこととなった。

 本作を見ながら、さまざまなことを考えた。筆者は大学生のころ、横浜の塗装工事会社でバイトしていた。その店主は40代で、数年前に終結したベトナム戦争について「あれは日本に利益をもたらした。戦争をやるならどうぞやってください。その分、日本は儲かるんだから、大いにけっこうだ」と笑っていた。ベトナム戦争が侵略戦争で、多くのベトナム人犠牲者を出したという概念は頭にない。その店主は自民党員で「自由新報」を定期購読していた。

 アジア太平洋戦争についても考えてしまう。日本はアジア諸国に軍隊を派兵して殺戮を行い、多大な迷惑をかけた。だが現今の自民党議員や右翼勢力は「あれはアジアを解放するための聖戦だった」と言い張って譲らない。本作のアレンのような自省の念はかけらもなく、「俺たちの国日本は正しかった」という歴史修正主義に凝り固まっている。

 高市早苗などは衆議院当選1期目の1994年、村山富市首相の大戦を巡る謝罪発言に対して「勝手に代表して謝ってもらっちゃ困る」と国会で堂々と難癖をつけた。さらに高市は「私自身は当事者とは言えない世代だから反省なんかしていない。反省を求められるいわれもない」と語っている。

 この高市早苗が政権を握り日本を戦前の暗黒に向かわせている。国民もその動きを支持して選挙で大勝させた。そんな時代だからこそ、この「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」をより多くの日本人に見て欲しいと思うのだ。(文=森田健司)

(kino cinéma 新宿ほか公開中/配給=キノフィルムズ)