【小林 雅一】米メジャーリーグ「巨額投資」で開発したAIシステムが禁止へ 問題の根深い背景
世界最高水準のベースボールとAI(人工知能)は今、どんな関係にあるのか? 米大リーグ機構(MLB)は今シーズンのオールスター戦を境に、試合中のダグアウト内でのAI利用を禁止した。それから早くも2ヵ月近くが経過した今、その影響や是非が改めて問われている。
野球のようなチームスポーツは適切な人材の登用、誰に何をさせるか、特定の状況で個人(選手)の自主的判断に任せるのか、それとも管理者(監督)の指示に絶対服従か、さらには「人材の育成」など長期的な方針・戦略に至るまで、様々な面でビジネス界や一般社会の縮図でもある。
このMLBが一般のファンも知らないうちに試合中のAI利用に踏み切り、それから間もなく原則禁止にしたことは、今後の経済界や社会がAIにどう向き合っていくかを考える上で、示唆に富む貴重な先行事例となるだろう。
AIの影響や是非に関する考察は後回しにして、まずはここまでの経緯を簡単に整理しておこう。
こっそり始まり、いつの間にか禁止されていた
そもそも今シーズンの試合中に生成AIを使用することは、コミッショナーをはじめ大リーグ機構の首脳陣がトップダウンで公式に決定したことではない。
むしろニューヨーク・メッツやロサンゼルス・ドジャースなど一部の富裕球団が自主的かつ半ば秘密裡に始めたことであり、それが後にMLB首脳陣の知るところとなり問題化したのだ。
これらメッツやドジャース、さらにはニューヨーク・ヤンキースなど最大10球団(全球団の約3分の1)は2024年頃から、いずれも相当の巨費を投じてベースボール専用のAIを開発してきたと見られている。それらのAIシステムが今年ようやく完成して、開幕当初からの利用に漕ぎ着けたのだ。
詳細は後述するが、これらの生成AIシステムでは試合中にiPad(タブレット端末)から「ピッチャーの配球」や「野手の守備位置」あるいは「選手交代」など様々な場面で具体的な提案を出すことができる。各チームの監督はこれらAIからの助言を参考に重要な采配を下す一方、選手自身もタブレットからAIを使うことができる。
こうした試合中のAI利用が発覚する発端となったチームはニューヨーク・メッツだ。2026年シーズンの開幕当初からメッツの一部コーチが、他球団の関係者を含む知人らに「俺たちは試合中に凄いAIを使ってプレーに役立ててるんだぜ」といった主旨の自慢話をしたらしい。
この噂がMLB首脳陣に耳に入り、大リーグ機構が水面下で調査を進めた結果、実際にはメッツに加えて(前述の)最大10球団が試合中に自前の生成AIを使っていることが発覚した。
MLBでは「こうしたAIの使い方はベースボール本来の姿を歪めてしまう」との理由から、その利用禁止を決定。今年の6月11日(米国時間)、各球団に通達を出して予告した上で、オールスター戦明けの7月16日(つまりシーズン後半)から、公式戦の試合中におけるダグアウト内でのAI利用を禁止した。
因みにMLBでは2016年から試合中にダグアウト内でのiPad利用を解禁していたが、昨シーズンまでは監督や選手らが(MLBが予め用意した)標準タブから「過去の統計データ」や「複数アングルからの試合映像」を確認するなどの用途に限られていた。
ところが今回、各球団(チーム)が独自に追加できるカスタム・タブから半ば秘密裡に固有のAIを使用していることが発覚したため、MLBはその禁止に踏み切ったのだ。
選手がAIの言う通りに動く駒になる?
とはいえ、「そもそも試合中にAIを使うことがそんなに悪いことなのか?」という疑問は残る。見方によっては、「監督や選手らがAIと連携して、より高度な戦術を編み出す」といった前向きな捉え方もできるはずだ。
しかしMLBが今回、AIのリアルタイム利用を急遽禁止した背景には、観客や視聴者の目から見た「試合の面白さ」ひいては「野球の本質的な魅力」を守るための切実な理由が幾つもあったと見られている。
まず第一の理由として考えられるのが「選手(人間)がAIの言いなりになることで、ゲーム(試合)が形骸化してしまう」という懸念だ。
試合中にAIがリアルタイムで出す指示、たとえば「次の球は外角低めのチェンジアップ」「センターの守備位置を左に5歩移動」等々に従うだけになってしまえば、ベンチの監督やフィールド上の選手らはAIの指示通りに動くコマになってしまう。
これでは彼ら人間ではなく、むしろ味方と敵のAI同士が試合をやっていることになり、それが観客や視聴者にバレれば、みんな白けてしまうだろう。
また、各球団の資金力によるチーム力の格差拡大も危惧される。今回、試合中のAI利用が発覚したのは、(前述の)ヤンキースやドジャース、メッツなど、いずれも資産家オーナーが所有する金持ち球団であり、その潤沢な資金力があるからこそ、高度な専用AIを開発できたと言える。
逆に言えば、それら以外の弱小球団にとってAIは「高嶺の花」であり、仮にこの状態を今後も放置すれば、各球団のチーム力にさらなる開きが生じて、これも野球ファンの関心を削ぐことにつながる。この点からも、MLBは各球団のAI利用を禁止せざるを得なかった、と見ることができるのだ。
【後編記事】→「メッツは復調、ドジャースは急失速 米メジャー「AI野球禁止」で分かれたトップ球団の明暗」
