階段から突き落とされ左半身麻痺に…それでも「暴力を振るう父より無関心な母が憎い」41歳女性の告白
◆父から暴力を受けるも、母はあくまで無関心
リリ:はい。保育園に行っていたころです。父は昔気質の人で、非常に不器用な男性というイメージです。母に対しても、気に食わないことがあると暴力を振るっていました。当時、幼かった私は、兄と一緒に母を守ろうとしました。すると、父が「今度はお前らを殴るからな」という趣旨のことを言ったんです。それ以来、本当に暴力が始まりました。くわえて、母からの暴力も常態化しました。基本的には気に入らないことがあれば殴る、蹴るというものです。
--そのときのお母さんの反応は。
リリ:のちのちわかってくるのですが、母は子どもに一切の関心がないんです。だから、「あなたが殴られなさい」みたいなことを言っていたと思います。
--なかなか聞く言葉ではないですね。
リリ:小学校に入学してからも、母の無関心はどんどん露骨になっていきました。授業参観には来ませんし、給食費も支払いません。家庭内では料理をしなくなりました。見かねた父が食事を作ることもあったんです。だけど父は運送系の会社を経営していて多忙だったから、帰宅しないこともありました。母も遊んで帰宅しないことがしばしばあり、そんなときはやはり何も食べるものがないんですよね。
だから私は給食だけが唯一食べ物を口にできる機会だったのですが、先ほどお伝えしたように給食費も滞りがちになり、給食も食べられないことがありました。
◆周囲の大人に助けられた記憶
--学校側が食べさせなかった。
リリ:給食費を滞納しているので、給食の時間になると職員室に数日間連続で呼ばれたことがあります。ただ、今思えば先生の自腹だと思うのですが、パンやおにぎりを買ってきてくれました。給食は食べられないけれど、そうした配慮はありがたかったですね。
--特に育ち盛りに空腹でいるのはつらいですよね。
リリ:はい、かなりつらかったです。母には「食べるものを買いたいからお金をちょうだい」と言っても、「ない」の一点張りで。あるときは、「そんなにカネ、カネいうな」と言って小銭を投げつけられたこともあります。かき集めた100円ほどを持って、移動販売のパン屋さんのところに行きました。メロンパンが目当てだったのですが、130円だったんです。「足りないな」としょんぼりしていると、そこのおじさんが「100円でいいよ」と言ってくれて。そのときの光景を40歳すぎた今でも覚えているんですよね。思い出すと涙が出てきてしまいます。
