同じ年齢なのに老後に雲泥の差がでる…体力でも記憶力でもない50代以降、急速に衰える"能力"の正体
※本稿は、本田直之『セカンドハーフ戦略 人生後半戦、何を捨て、何を始めるか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「老化」はどこから始まるのか
老いは、どこから始まるのか。
多くの人は、まず身体を思い浮かべる。体力が落ちる。筋力が落ちる。疲れやすくなる。見た目が変わる。

あるいは、記憶力を思い浮かべる人もいる。名前が出てこない、物忘れが増える、新しいことを覚えにくくなる。
でも、老年精神医学の和田秀樹さんは、別の見方を示している。
和田さんに、『50歳の分岐点』(大和書房)という本がある。老いというと、普通は体力や記憶力を思い浮かべる。でも和田さんは、老化は感情から始まると書いている。
これには、脳の仕組みの裏づけがある。
意欲や感情をつかさどる前頭葉は、40代から50代にかけて縮み始めると言われている。物忘れの正体である海馬の衰えを実感するのは、もっと後だという。
つまり、多くの人が「老化の始まり」だと思っている記憶力の低下より先に、感情のほうが静かに錆びついていく。
老いは、弱ってから気づくのでは遅い。まだ大丈夫なうちに、どういう変化が起きるのかを知っておく。それだけで、対応はまったく変わるのだ。
身体や顔の老化には、多くの人が気づく。体重が増えた、肌がたるんだ、疲れやすくなった、筋力が落ちた。こういう変化は、数字や鏡で確認できる。だから対策もしやすい。
しかし、意欲や感情の老化には気づきにくい。
たとえば、何をするにも面倒になる。新しいことを覚えるより、いつものやり方で済ませたくなる。何を見ても、何を聞いても、「ふーん」で終わってしまう。
年齢を重ねていくと、本人にもまわりにも、ただの「無気力」にしか見えない様子を隠しきれなくなる人がいる。
感情の老化は、外からは見えにくい。体重や血液検査の数値のように、はっきり見えるものではない。
だから本人も気づかないまま、少しずつそういう方向に寄っていく。
■「変えたいのに、動けない」の正体
感情の老化とは、怒りっぽくなることだけではない。
本当に怖いのは、面白がれなくなることだ。
何かを見て「面白そう」と思えない。知らない世界に入ってみようと思えない。自分とは違う人の話を聞こうと思えない。若い人の感覚に、一度乗ってみようと思えない。
これは、ただの性格の問題ではない。脳の使い方とも関係している。
ハーフタイムシフトは、人生の予定を組み直すだけでは終わらない。
予定を変えても、住む場所を変えても、仕事の量を変えても、自分の脳と感情が動かなければ、結局は慣れた場所に戻ってしまうからだ。
面倒くさい。失敗したくない。今のままで困っていない。もう十分だ。
そう感じること自体は自然だ。年齢を重ねれば、経験も増える。失敗もしてきた。無駄なことも見てきた。だから、何でもかんでも新しくすればいいという話ではない。
でも、その感覚が強くなりすぎると、人生は少しずつ閉じていく。
後半戦の戦い方を変えるには、外側の環境だけでなく、それを動かす自分の脳と感情も使える状態にしておく必要があるのだ。
ここを見落とすと、「変えたい」と思っているのに、なぜか動けない、ということが起きる。
■新しい一歩が重くなる理由
前頭葉、特に前頭前野は、計画する、切り替える、抑制する、複数の選択肢を比較する、未来の報酬を見積もる、といった働きに関わっていると言われている。
言ってみれば、前頭葉は人生の編集長のようなものだ。
何を残すか。何をやめるか。何を変えるか。どこに新しい負荷をかけるか。どの人間関係を深め、どの予定を手放すか。
そういう判断に関わっている。
人生後半に必要なのは、まさにこの力だと思う。
後半戦の戦い方を組み直すには、まず「今までのやり方」を一度横に置かなければならない。これまでの勝ちパターンを全部捨てる必要はない。でも、それを絶対視したままでは、次の戦い方は見えてこない。
もちろん、前頭葉が少し衰えたからといって、すぐに何かができなくなるわけではない。
先に触れたように、その前頭葉が衰えると、新しいことへの一歩は重くなりやすい。
若い頃なら、「面白そうだからやってみよう」で済んだことが、年齢を重ねると、「面倒だな」「今さら失敗したくない」「自分には必要ない」になりやすい。

これは気合いの問題だけではない。脳の処理コストの問題でもある。
だから人生後半で大事なのは、若い頃のようにがむしゃらに頑張ることではない。自分の前頭葉と感情を、閉じさせないことだ。
そのために重要になるのが、「認知的柔軟性」という力である。
■変化を面倒に感じたら、危険なサイン
「認知的柔軟性」という言葉がある。
これは僕の造語ではない。心理学や認知科学で使われている言葉だ。難しく聞こえるけれど、要するに、状況が変わったときに考え方や行動を切り替える力のことだ。
予定通りにいかなかったとき、別のやり方を試せるか。自分の思い込みを一度横に置けるか。若い人や違う価値観の人の話を、いったん最後まで聞けるか。
これが、人生後半ではかなり大事になる。
認知的柔軟性は、単に頭がいいということとは違う。
これまでのやり方が通用しなくなったときに、別の方法を試す。予定通りにいかなかったときに、やり方を変える。自分の思い込みを一度横に置く。
それができる人は、年齢を重ねても固まらない。
人生後半で本当に守るべきなのは、この認知的柔軟性ではないかと思う。
なぜなら、後半戦の戦い方を組み直すというのは、言い換えれば、認知的柔軟性を使うことだからだ。
前半戦でうまくいった方法を、全部捨てる必要はない。むしろ、経験は人生後半の大きな武器になる。ただし、経験をそのまま固定してしまうと、それは武器ではなく壁になる。
これまでの自分を活かしながら、必要なところだけ変える。守るものと、手放すものを見極める。慣れた場所に安住せず、新しい小さな負荷を入れる。
それが、脳のレベルで見た後半戦の準備なのだと思う。
■恥をかけなくなったとき、人は固まり始める
身体の変化、仕事の変化、新しいテクノロジー、若い世代との価値観の違い。
人生後半には、これまでのやり方がそのまま通用しない場面が増えていく。
どれだけ経験があっても、認知的柔軟性が落ちると、人は固まる。
昔のやり方を絶対視する。新しい技術を理解せずに否定する。若い人の考え方を聞かない。
これが、いわゆる「頑固な老人」なのだと思う。
人生後半で守るべきなのは、過去の正しさではない。
自分をアップデートする力である。
ある年齢を過ぎると、人は間違いを指摘されにくくなる。
若い頃は、上司に怒られた。先生に直された。先輩に注意された。お客さんに鍛えられた。自分が間違っていれば、誰かが教えてくれた。
でも、年齢を重ねるとそうはいかない。肩書きがある。実績がある。年齢が上である。周囲も気を遣う。本当は違うと思っていても、正面からは言われない。
「それは違いますよ」と言ってくれる人が、少しずつ減っていく。
これは、かなり危険だ。注意されないことは、一見ラクに思えるからだ。恥をかかなくていい。自分の得意な場所にだけいれば、傷つかずにすむ。
でも、その快適さが人を固めていく。

■では、どうすればいいのか
人は、恥をかいたときに少し動く。できない自分を見たときに、修正する。恥をかく機会がなくなると、自分をアップデートするきっかけも減っていく。
だから人生後半では、あえて恥をかける場所を持ったほうがいい。
分野は何でもいい。大事なのは、肩書きが通用しない場所に行くことだ。できなければ、できない。間違っていれば、直される。これは気持ちのいいことばかりではない。正直、恥ずかしいし、面倒でもある。自分のプライドが少し揺れることもある。

それでも、そういう場所が一つあるだけで、人は固まりにくくなる。
大人になるほど、得意なことだけを選べるようになる。間違いを指摘されない立場にもなれる。
それは一見、成功のように思える。でも、そこにだけいると、教わる機会がなくなる。知らない世界に驚く機会がなくなる。自分のやり方を変えるきっかけもなくなる。
恥をかける場所を持っている人は、年齢を重ねても固まりにくい。
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本田 直之(ほんだ・なおゆき)
レバレッジコンサルティング代表取締役社長
シティバンクなどの外資系企業を経て、バックスグループの経営に参画し、常務取締役としてJASDAQ上場に導く。現在は日米のベンチャー企業への投資育成事業を行い、各社の社外取締役や顧問を兼務する。ハワイと東京に拠点を構えながら日本・海外各地を旅している。著書はレバレッジシリーズなど77冊、韓国・台湾・香港・中国・タイ・ベトナムで翻訳版刊行。明治大学商学部産業経営学科卒、サンダーバード国際経営大学院修了(MBA)。上智大学非常勤講師。「Honda Lab.」主宰。CROSS FM(福岡)でラジオ番組「Pau Hana Saturday」のパーソナリティを務める。
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(レバレッジコンサルティング代表取締役社長 本田 直之)
