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7月の熊本地震で震度7を観測した宇城市豊野町で唯一の医院が、8月いっぱいで閉院しました。開院から72年、最後の日は惜しむ多くの人が駆けつけました。

宇城市豊野町の狩場医院。院長の狩場岳夫さん長年は長年、住民の命と向き合ってきましたが、町で唯一の医院は8月31日を最後に閉院します。7月の地震で最大震度7を観測した宇城市豊野町。狩場医院は水道や電気などのライフラインが寸断。建物は、使い続けるには「危険」と判定されました。スタッフや患者は全員無事でした。

地震から2日後、薬が切れて困っているかかりつけの患者のため、安全が確保しやすい病院の入り口付近で、手書きの処方せんを出し始めました。

(患者)
「ここはいいの?」
(狩場岳夫院長)
「保健所長の許可を得た。すぐ逃げられる所ならと」

「患者を救いたい」という強い思い。一方で、ゴールが見えない復旧までの道のり。迷った末に現地での再建はあきらめ、閉院を決めました。

(狩場医院 狩場岳夫院長)
「10年前の地震が一部損壊だったので、今回も復旧するのではないかという淡い思いはあった。なんとかなるだろうというブレた考えでは、周りに迷惑がかかる。スタッフにも危険なタイミングが増えるという判断をした」

迎えた8月31日。最後の朝礼です。

(狩場医院 狩場岳夫院長)
「人間にはつらいことは必ず起きるんでしょうけど、よもや熊本で2回も経験するとは思いませんでしたけどね。幸い生きてるので、さあかかってらっしゃいくらいの気持ちで、もうひと頑張りしましょう」

診療が始まると、別れを惜しむ人が次々に訪れました。

(狩場医院 狩場岳夫院長)
「心臓、悪なっとらんけん。よかったよ。意外と強いのよあなたは。そうやって笑いながら生きていこうよ」

花束を持って訪れた女性も。

(女性)
「同級生です。ありがとうございました。本当にお世話になりました」

狩場医院で50年以上務め、ともに人生を歩んできた女性も最後の日を見届けるためにやって来ました。しかし涙を流し、話すことができません。

(狩場医院 狩場岳夫院長)
「狩場医院の一番のレジェンドよ」
「私が泣かせてるわけじゃないか らね。ありがとうございました、長年ね。また縁があったら一緒に仕事しましょう」

スタッフたちは、閉院が決まってからもライフラインが止まった院内で片づけを続けました。

(スタッフ)
「震災で終わるっていうのは想像もしてなかった。終わり方としては、ちょっと寂しいね」

長年、町の医療を支えてきた狩場院長。患者を思う気持ちが変わることはありません。

(狩場医院 狩場岳夫院長)
「私が一番管理しなければならないのは、患者さんの命。私一人になって心情的に振り返るタイミングではないんですよね。残念ながら」

狩場院長は、9月から車で10分ほど離れた病院に勤務し診療を続けています。これからも、患者の命をつないでいきます。

宇城市によりますと、狩場病院の閉院に伴う対応は現時点で検討されていませんが、市内には医療空白地域がほかにもあることから、市内全体で新たな対応を検討する可能性もあるということです。