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 女優の風吹ジュン(74)が5日放送のTBS人生最高レストラン」(土曜後11・30)に出演。救ってくれた恩人の女優を明かした。

 1973年でモデル事務所から芸歴をスタートした風吹。翌1974年にアイドル歌手としてデビューすると、人気が爆発するも、その後、事務所移籍問題で騒動に発展。そんな中、1975年にTBSの大ヒットホームドラマ「寺内貫太郎一家2」への出演が決まった。手を差し伸べてくれたのは、2018年に亡くなった名優・樹木希林さんだったという。

 風吹は「希林さんの“面白いよ”っていう一言で、久世(光彦)さんも向田(邦子)さんも“じゃあ”って呼んでいただいて、『寺内貫太郎』に参加したんです」と説明。それまで希林さんとの面識はなかったそうで「たぶん見てくださっていたと思うんですけど、“変な子だな”“なんか違う”と思われたのか、声かけていただいて」と明かした。

 MCの「極楽とんぼ加藤浩次は「凄いな、希林さん。希林さんもまだ若かったと思うけど、“この子をこのままつぶしちゃダメだ”っていう意識もあったと思う」と指摘。風吹は「そうだとうれしいです、本当にそんな感じで接していただきました、本当に愛があって」と回顧。

 「“私を出すな”っていう人たちも現れて、スタジオに来るんですけど、希林さんと久世さんがそれ立ち合ってくださってたんですよね。私、黙って、いろんなことを言われているんですよ。“こんなことやったっけ?”“やってないし私じゃないし”と思いながら話を聞いて耐えてたんですけど、“これで信用なくなったな”“もうこれで終わりだな”と思ったら、希林さんがポロッと涙流して。“よく耐えたね”って言って。それで私、“ここしか生きるところない。なんとかちゃんと役者さんになりたいし、頑張ろう、ここで”って思えたんです」と感謝した。

 希林さんが亡くなる直前に偶然、なじみのそば店で見かけたことがあったという。「その後、共演もしたんですよ。亡くなる寸前です、本当に。世の中もそういうふうに受け止めていて。食べてたら店に入ってきた。“いる!”と思って。(娘の内田)也哉子さんも一緒にいたんで、お声掛けしちゃいけないし、失礼だと思いながら、会釈だけで終わったんですね。で、也哉子さんが戻ってきてくださって、“母がよろしく言ってました”って。直接声かけられなかった。私も勇気がなくって。とってもお声かける言葉もなくて。いつでも感謝しているから、その時もそうでしたけど、そういう思いで止まってます」ともらした。