ライブで定番のペン型ライト、発祥は超人気アイドルだった!ラジオでの“呼びかけ”が生んだ感動秘話

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出川哲朗、長嶋一茂ホラン千秋--このちょっと不思議なMCトリオが送る番組『出川一茂ホラン☆フシギの会』。

9月5日(土)放送の同番組は、「夏に言いたくなる雑学SP」と題し、家庭内や職場で思わず言いたくなる雑学クイズが展開された。

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そのなかで紹介されたのが、音楽フェスやライブで欠かせない「ペン型ライト」にまつわる雑学だ。実はペン型ライトの歴史は、昭和の大スター・西城秀樹さんがファンに呼びかけたことからはじまったという。

西城さんのコンサートに携わったスタッフに話を聞くと、「ライブでペン型ライトを振るようになったのは、西城秀樹さんがファンのみなさんの顔をよく見たいとコンサート前日のラジオで言ったのがきっかけでした」と明かした。

舞台は、1974年8月3日に大阪球場で行われた夜の野外コンサート。その前日、リハーサルを行っていた西城さんはあることに気づく。

「自分にはたくさんの照明が当たっているけれど、ファンのみなさんの客席はほぼ真っ暗で非常に見えなかったんです」(スタッフ)

コンサートの一体感を大切にし、楽しんでくれているファンの笑顔が見たい--。そう強く思った西城さんはリハーサル後、ラジオの生放送で「客席のみんなが見えるように、懐中電灯を持ってきてほしい」と呼びかけた。

するとコンサート当日、会場には多くのファンが懐中電灯を持参。真夏の大阪球場は、一斉に振りかざされる懐中電灯の光で埋め尽くされたという。それ以来、西城さんのコンサートではファンが懐中電灯を持ってくるのがお決まりとなった。

その後、時代とともに懐中電灯は小型のペン型ライトに変わり、現在は曲や演出に合わせて自動で色が変わる制御型ペン型ライトへと進化を遂げた。

ペン型ライト誕生のきっかけとなったあの一夜の光景について、西城さんは後年、新聞の取材で「初めて見る客席の光はとても幻想的だったのを覚えています」と振り返っている。

この温かい誕生秘話に、スタジオの出川哲朗も「素敵」とほっこり。ホラン千秋も「一方通行じゃなくて『お客さん楽しんでるかな』って(思いがすごい)」と深く感銘を受けていた。