“10年売れない”箱根のリゾートマンション…年間「30万円」の維持費と、「地元住民の猛反発」に泣く遺族【不動産Gメンが暴露】
「親が昔買ったリゾマン、どうなっているだろうか……」かつて「一生ものの資産」と信じられていたリゾートマンション。しかしいまや、相続する子世代を苦しめる負債と化している。本記事では、滝島一統氏の著書『その家、買ってはいけない』(PHP研究所)より、リゾートマンション処分の過酷な実態を紐解く。
バブル期、1000万円で買った「苗場のリゾマン」の30年後
バブル期に「値上がりする資産」として買われたリゾートマンションが、30年後にどうなっているか。その現実を、私は実際に見てきた。
新潟県の苗場スキー場近く、「西武ヴィラ苗場」と呼ばれるリゾートマンション群がある。1987年に公開された映画『私をスキーに連れてって』で一世を風靡した苗場に、バブル期の熱気の中で建てられた物件だ。私は以前、この分譲マンションのオーナーに同行してある部屋を訪ねた。
父親が約30年前に購入した部屋だという。抵当権の記録を見ると当時600万円の融資がついており、頭金を含めたトータルでは1000万円前後の買い物だったようだ。「いずれ価格が上がる」と思っていたはずだ。当時の苗場なら、そう考えることは不自然ではなかった。
年間22万円の維持費、市場価格は10万~50万円
今、その部屋はどうなっているか。固定資産税、県民税、ガス・電気・水道の基本料金、管理費を合計すると、年間約22万円がかかる。使っても使わなくても、毎年22万円が出ていく。
一方、市場価格はどうか。固定資産税の評価では、建物に約150万円の価値がついている。通常であれば300万~450万円程度で売買できる水準だ。しかし実際には、10万~50万円。場合によってはゼロ円で売りに出ても買い手がつかない。相談者の男性は、父親と幼い頃に過ごしたこの分譲マンションが、負債といっていい状態になっている現実に改めてショックを受けていた。
処分に125万円…“負動産”と化したリゾマン
なぜここまで下がるのか。理由は単純だ。スキー客が減り、かつての専用ゲレンデは廃止され、プリンスホテルのゲレンデまでクルマで移動しなければならなくなった。シャトルバスも廃止された。民泊は管理規約で禁止されている。フジロックフェスティバルの時期などに活用できれば多少の収入が見込めるが、管理組合がそれを認めない。需要がなければ価値は生じない。
追い打ちをかけるように、不動産業者の手紙が届く。買取価格10万円。ただし、「登記費用15万円、事務手数料30万円、物件処分費用110万円で差し引き合計145万円が必要なところ、キャンペーンで125万円にお安くします」という内容だ。つまり125万円を払えば引き取るという話で、買取というより処分費用の請求に等しい。
この業者のスキームはこうだ。売り手から125万円受け取り、ゼロ円で別の買い手に売る。右から左へ回すだけで125万円が手に入る。あるいはすでに転売先が決まっていて、その間に入って儲けを得る。
1000万円で買ったものが、今や手放すためにお金を払わなければならない。これがバブル期のリゾートマンションの現実だ。
1450万円で買った箱根のリゾマン、恐ろしい現状
もう一つ、私が相談を受けた別の事例を紹介したい。神奈川県・箱根のリゾートマンションだ。1990年築、100平米の3LDK。2004年に相談者の義母が1450万円で購入し、10年ほど居住した後は空き家に近い状態になった。年間30万円超の維持費を払い続けながら、10年近く売却活動をしているが、買い手がつかない。
調べると、まずレインズ(不動産流通機構)に物件が掲載されていないことがわかった。相談者が依頼した業者は「掲載している」と言っていたが、実際には登録されていなかった。両手仲介を狙って囲い込みをしていたと考えるのが自然だ。
釣り糸を垂らさなければ魚は釣れない。広告を出さなければ買い手は現れない。当たり前のことが、長年にわたって放置されていた。
民泊も賃貸もダメ、「飯場になる」と猛反発…住人のエゴが再生の可能性を絶つ
さらに深刻なのが、管理組合の問題だ。以前、工事関係者に賃貸しようとしたところ、管理組合の役員から「飯場になる」と猛反発を受け、臨時の役員会に呼び出された。住居として利用するという管理規約の文言を根拠に、賃貸自体を問題視されたのだ。民泊も当然禁止。
箱根という立地を考えれば、民泊が可能であれば1泊1万5000円以上の需要が十分に見込める場所だ。しかし古くからいる住人たちが仕切る管理組合が、その可能性を閉ざしている。
値段を下げようとすれば「物件の価値を下げるな」と嫌味を言われる。売れないまま年間30万円以上が出ていく。1450万円で買ったものが、今や400万~450万円にしかならない。それでも売れない。
「いずれ資産になる」の先に待っている“お荷物”
苗場も箱根も、バブル期には「値上がりする資産」として買われた。当時の熱狂の中で、価値が上がり続けると信じることは当然だっただろう。問題は、その後30年以上にわたって、「いずれ資産になる」という言葉とともに現実から目を逸らし続けたことだ。
不動産の価値は、需要があって初めて成立する。立地条件が変わり、人の流れが変われば、かつての「資産」はただのお荷物になる。苗場のオーナーも、箱根のオーナーも、それを30年かけて知った。
バブルが弾けた後に何が残るか。答えはすでに、苗場の閑散とした駐車場に、箱根の売れない分譲マンションに、形として存在している。
滝島 一統
株式会社光文堂インターナショナル
代表

