巨人は「蛇ににらまれたカエル」…阪神に“屈辱7連敗”で見えた点差以上の実力差 「田中将大」の第2戦先発には疑問【柴田勲のコラム】
阪神の巨人に対する「絶対の自信」
前回の本コラム、8月28日からの天王山・阪神3連戦を前にこう締めた。
〈楽しみでもあり不安でもある。〉
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不安の方が的中した。3連敗で完敗だった。11日からの東京ドームでの3連戦も3連敗だった。
7月26日に甲子園で前半最終戦も敗れているから7連敗だ。これは1937年以来の記録だという。(※リーグ時代の37年は春季・秋季制。秋季の巨人はエース・沢村栄治が不調、さらに主力選手を応招で欠いたのが響いた。阪神が巨人戦7戦全勝、39勝9敗1分で優勝した。巨人は30勝18敗で2位)
阪神がちょっと負けても、追う立場の巨人がこれではどうにもならない。ゲーム差は4.5となり、阪神はマジック21だ。対戦成績は7勝16敗。巨人は他の4球団には勝ち越している。せめてもう少し勝っていればと思う。

表現は悪いが、巨人は「蛇ににらまれたカエル」だ。阪神は巨人に絶対の自信を持って臨んでいる。3連戦のスコアは1-4、1-4、1-3だった。
4連投の工藤を使ってでも巨人の息の根を止めた
この3連戦で巨人の先頭打者が出塁したのは3回しかなかった。これでは得点への足掛かりがつかめない。先頭打者出塁は3連戦で7回か8回、ツイていれば10回~12回、1試合でまず3回はあるものだ。
だがこの3連戦は見ていて打てる気がしなかったし、得点できる気もしなかった。得点差以上のものを感じた。
阪神の先発・村上頌樹、大竹耕太郎は無四球、才木浩人は2四球だった。村上は7回、大竹と才木は6回で引っ込んだ。完投させようと思えばできた。
好投していた投手が下がる。覚えがあるけど、こんな時は「シメタ」となる。だが、藤川球児監督は後ろの投手たちに絶対の自信を持っているのだろう。
3点取ればいける。実際、その通りになった。中継ぎ・抑えは強力だ。(※この3連戦で阪神の中継ぎ・抑えは延べ9人出て四死球は3個)
30日は工藤泰成が9回に1点を取られた。丸佳浩の安打から2四球が絡んだ満塁で浦田俊輔にタイムリーを許した。売り出し中の工藤だが、4連投による疲れからだ。おまけみたいなものだ。
巨人だってライデル・マルティネスに4連投はさせない方針だ。藤川監督はその工藤を使ってでも巨人の息の根を止めたかったのだろう。
ハワードにはがっかりした
一方、巨人投手陣は3連戦で13個の四死球を出している。ムダな四球が多い。制球力の違いが浮き出ている。
3連戦の分岐点は8月28日の第1戦、1回裏だった。スペンサー・ハワードが1回、近本光司に先頭打者弾を浴びた。
前回の3連戦では、第1戦の3回に近本が放った一発で阪神が勢いづいた。その結果、巨人投手陣は3連戦で9本の本塁打を浴びた。「本塁打恐怖症」に陥った。
今回の3連戦で本塁打はこの28日の1本だけだったが、また阪神打線を勢いづかせる結果となった。
アッ、3タテされるなと思った。野球は投げるべき人が投げて、打つべき人が打てば勝てる。阪神はこれがしっかりとできていた。
ハワードにはがっかりした。イヤイヤ投げている印象だった。日本の夏は蒸し暑いし甲子園は独特の雰囲気だ。でも1週間に1度の登板だ。巨人ベンチもこの様子を判断して3回で降ろしたのだろう。
ダルベックを起用するなら5、6番だ
8月29日の第2戦、田中将大の先発には疑問だった。ファームから引き揚げてすぐ使った。
カーブ、チェンジアップ、スライダーなどの球種である程度は抑えることができる。だが球威がなく、球はベルト周辺にあつまる。広島、中日といった攻撃力の落ちるチームにはいいが、少し打力があるチームだとまず5、6回で3点は取られる。
戸郷翔征でよかったのではないか。戸郷は9月1日のDeNA戦に先発するという。投げることができたはずだ。もしくは森田駿哉を先発で3回あたりまで使い継投でしのぐ手もあった。田中将に阪神は荷が重かった。
打線もいろいろいじっているが根拠がいまひとつわからない。
丸が30日の第3戦に4安打した。だから指摘するわけではないが、以前から丸をもっと使えと言い続けてきた。相手ベンチにとっていまイヤなのは丸と浦田だ。
この試合ではボビー・ダルベックを3番に置いた。彼は三振が多い。チャンスを演出するよりも、一発の魅力がある。起用するなら5、6番ではないか。
来週は少しでも明るい話題を
巨人の逆転Vはいよいよ苦しくなった。残り24試合だ。それでも前を向いてやっていくしかない。
投手はムダな四球を出さない。さらに言えば投球の基本線はあくまでも外角低めだ。これを忘れない。
打者はとにかく第一ストライクを積極的に振る。真っすぐを待っていて変化球が来たから見送る。これではダメだ。
ベルト周辺にきたらなんでも振るくらいがいい。追い込まれたら低めのフォークを振らされる。いまは3球勝負ではなく2球勝負になっている。
今週はいい話ができなかった。来週は少しでも明るい話題でいきたいところだ。
(記録などは8月31日現在)
柴田 勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会理事を務める。
デイリー新潮編集部
