現代の日本競泳男子を牽引する一人である本多灯選手(右:時事通信より)

写真拡大

 東京オリンピック男子200mバタフライ銀メダル、パリオリンピック日本代表など、現代の日本競泳男子を牽引する一人である本多灯選手。自動車運転死傷処罰法違反(危険運転致傷)の疑いで起訴され、8月25日東京地方裁判所立川支部で初公判が行われた。

【写真を見る】かつてメダルを首にかけ笑顔を見せていた本多灯選手

 起訴状によると、事故が起きたのは2025年11月21日の朝。本多被告は東京都多摩市の法定最高速度30キロの生活道路を88~108キロで走行し、左カーブを曲がりきれずに対向車線へはみ出して正面衝突。対向車を運転していた60代男性に、28日間の加療を要する胸骨骨折などの重傷を負わせたとされる。本多被告は起訴事実を認めた。

 日本水泳連盟への報告が遅れたこともあり、2026年7月に公表されるなど、その対応にも問題視する声が上がった。

 事故の原因は、前方を走るスポーツカーに「絶対負けたくない」という対抗心から、つられて自身も高速度で走行したという、身勝手、安易なものだった。しかしその背景には、競技者として戦い続けることの苦しみから、冷静さを欠いていたような事情も垣間見えた。

 被害者は捜査機関に対し「被告人はまだ若く、スポーツ選手として頑張って欲しい。強い処罰は求めません」と供述していた。その言葉を受け、本多被告は法廷で何を語ったのか。傍聴した裁判ライターの普通氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】

交際相手が誓約した「二度と運転をさせない」

 被告人質問に先立って、弁護人から提出された証拠の取調べが行われた。事故に関する反省文のほかに、被害者には保険により治療費が支払われ、それとは別に自身の負担として150万円が支払われたことなどが明らかになった。同居する交際相手が、本多被告に二度と運転をさせないことを誓約する書面も提出された。

 証言台に立った本多被告は、当然ではあるがこれまで大会やメディアに見せてきた明るい表情などはまったくなく、不安げな様子で小さめな声でぽつりぽつりと質問に答えていった。

「何も考えずについていってしまった」

 事故を起こした道路は、競技の遠征がある日をのぞき、毎日のように通勤などのために走行している道路であった。これまで速度超過をしたことはないと主張する。また、遅刻など特に急ぐ理由もなかった。

 それでも、この日は危険な運転を行ったことについて「競技で思うような成績が出ず、前を走ってたスポーツカーに何も考えずについていってしまった」と供述した。

 法廷では、本多被告が抱いていた競技への苦悩はこれ以上は語られなかったが、昨今の記録を見ればその苦悩の一端は想起させるものがある。

 2021年に出場した東京オリンピックでは銀メダルを獲得。2024年の世界水泳選手権では、バタフライ泳者の日本男子としては初めての金メダルを獲得した。しかし、期待がかかった同年のパリオリンピックでは予選敗退となり、2025年はそれまで4連覇していた日本選手権でも勝てず、同年の世界水泳選手権の代表の座を逃した。事故はその2025年の出来事であった。

検察官「なぜ、今回そこまでスピードを出してしまったのでしょう」
被告人「当時、冷静になれず、前の車についていこうと」

検察官「なぜ、前の車についていく必要があったんですか」
被告人「必要はなかったんですが、ただ前についていく中でスピードが出てしまった」

 2026年は調子が復活しつつあり、日本選手権では上位に入り、8月のパンパシフィック選手権、9月のアジア大会の出場が決まっていたが、この事故によって、その機会を自ら手放すこととなった。

3度の謝罪と150万円「謝罪してもしきれない」

 被害者に対しては、電話で3度謝罪をした。その電話の中で「私は大丈夫なので、自分のことに専念してください」と言葉をかけられたという。被害者に対しては「謝罪してもしきれない」とその思いを口にし、被害者に新しい車の購入費用として自ら150万円を支払った。

 事故車は廃車にしており、今後二度と運転するつもりはないと法廷で誓った。

 証言台で、反省の言葉を幾度と口にした被告人に対して、裁判官が改めてその意識を確かめる。

 今回の事故は、過失、不注意で発生した事故よりも危険性が高い罪名で起訴されている。本多被告の事故当初の認識は不明だが、警察での事情聴取、弁護人と話す日々を過ごすことで、自身が起こした事の大きさを強く実感しているという。

裁判官「今回のスピードで危険とか不安を感じることはなかったんですか?」
本多被告「最高速度のときは特に気付かなかったのですが、少し冷静になって速度を見たときに少しパニックになってしまい、ハンドルをうまく操れませんでした」

裁判官「これまで速度を守ってきたといいますが、経験ない人がこんなスピードで走るもんかなと思ってしまうのですが」
本多被告「高速道路でも出したことはありません。当時は頭が真っ白で気付いたら手遅れでした」

 最後に裁判官は、改めて今回の事故で、被害者へのケガはもちろんのこと、自身の努力すらもふいにしてしまった点を指摘。そして、周囲の支えも自覚して、今回の事故を糧にするよう奮起を促した。

求刑は拘禁刑1年、判決は9月9日

 検察官は、危険かつ、無謀な運転で落ち度のない被害者に重傷を負わせた点は悪質であるとして拘禁刑1年を求刑した。弁護人は、常習的でなくあくまで偶発的な事故であり、事故後は捜査への協力、被害者への弁償など誠実に対応を行っているとして執行猶予判決を求めた。

 最終陳述の場で本多被告は「この度は、事故によりケガをさせてしまい、被害者の方には申し訳ありません。危険な運転でたくさんのご迷惑、心配をかけてしまい反省しています。私を支えてくれる会社、応援してくれる人にも申し訳なく思っております」と述べた。

 事故を起こした責任は当然取る必要があるが、周囲の支えを改めて実感し、また被害者からの温情ある言葉に助けられたことだろう。今後はこの経験を糧に、飛躍する姿を見せて欲しいと願う。

 裁判はこの日のうちに結審し、判決は9月9日に予定されている。

(了。前編から読む)

◆取材・文/普通(裁判ライター)