「効率化すれば旅館は箱に成り下がる」稼働率9割の温泉旅館「浜の湯」があえて新設した”非効率な一室”

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深刻な人手不足に喘ぐ宿泊業界は、フロントの自動チェックイン機や配膳ロボット、バイキング化と、人間同士の接触を減らす方向へ猛スピードで突き進んでいる。そんななか、真逆の道を選んだ旅館がある。静岡・伊豆の「浜の湯」だ。30年で総額58億円を投じて露天風呂付き客室を増やし、1室あたり年間売上3500万円、稼働率90パーセント超を実現した同館が、次に断行したのは館内への本格茶室の新設だった――。

個人客シフトで58億投じた「露天風呂付き客室」

かつて旅行代理店からの送客による団体旅行が全盛だった時代、日本の旅館業界はその安定した構造に深く依存していました。しかしバブル経済の崩壊以降、団体客の減少という構造的な危機がいち早く訪れました。

私はその当時、このまま団体客の戻りを待ち続けるような経営をしていては旅館の未来は確実に閉ざされると強い危機感を抱き、徹底的に個人客向けに舵を切るという大転換を決断しました。およそ30年間という長い歳月をかけて、総額58億円という地方の単独旅館としては莫大な資金を投じ、他の旅館が躊躇する中で個人客向けの露天風呂付き客室を次々と増設してきたのです。

この決断と継続的な投資は、私たちに旅館業界の常識を覆す驚異的な数字をもたらしました。現在、全56室ある当館の1室あたりの年間売上高は3500万円を超え、旅館全体の売上は19.6億円となっています。客室稼働率は年間90パーセント以上という高水準を常に維持し、全宿泊客の5割超がリピーター、口コミを含めれば実に7割超が私たちを支持してくださるお客様で占められるという、極めて強固で盤石な経営基盤を築き上げることができました。

効率化一辺倒の宿泊業界への逆張りとしての「茶室」

そして今、私が次なる攻めの投資として断行したのが、館内への本格茶室の新設と、若手社員を茶室の亭主に抜擢するという前代未聞の打ち手です。

現在、宿泊業界は深刻な人手不足を理由に、フロントの自動チェックイン機の導入や配膳ロボットの活用、食事のバイキング化、さらには食事を提供しない素泊まりという泊食分離など、サービスを極限まで合理化し、人間同士の接触を減らす方向へ猛スピードで突き進んでいます。

しかし私は、この効率化一辺倒の流れに危機感を抱いています。短期的な利益や効率化だけを追い求めてしまえば、旅館本来の価値である血の通ったおもてなしの文化は消滅し、単なる宿泊のための箱に成り下がってしまいます。そうなれば、資金力に勝る大手ホテルチェーンに飲み込まれるのは火を見るより明らかです。

だからこそ私たちは、時代に完全に逆行する道を選びました。人手も時間も教育コストも最もかかる本格的な茶室をあえて館内に設け、そこで人間による心尽くしのおもてなしを提供することにしたのです。茶室のオープンは2025年11月1日のことでした。

これは単なる和風の飾り付けではありません。日本の伝統文化の神髄をお客様に直接肌で感じていただき、他では味わえない強烈な宿泊体験を提供するための、旅館のブランド価値を究極まで高める本気のビジネス戦略なのです。

若手社員に「すべて任せる」大胆な育成

この本格茶室の運営において私が最もこだわっているのが、入社5年目の若手社員に、お客様をもてなす亭主としての役割を丸ごとすべて任せるという大胆な人事配置です。お点前の美しい所作から、茶室という空間そのものの空気感のプロデュース、そして約25分間にも及ぶお客様との濃密な対話まで、ベテラン社員の手を一切借りることなく、若手自身にすべてを主導させています。

若手社員にこれほどの裁量権を与えることは、一見するとリスクが高く無謀に思えるかもしれません。しかし、これこそが私の狙いなのです。手取り足取り細かいマニュアルで縛りつける過保護な教育では、指示待ちの人間しか育ちません。そうではなく、早期から彼らに自分の城を持たせ、責任ある大役を現場で完全に任せきる。このヒリヒリするような適度な緊張感と劇的な環境こそが、彼らの潜在能力を引き出し、成長スピードを爆発的に加速させるのです。

実際に茶室の舞台に立つ若手スタッフたちは、会社の全額負担で外部の本格的な茶道教室へ通い、本物の技術と一期一会の精神を必死に学んでいます。茶室という研ぎ澄まされた非日常の空間には、時にご自身も茶道に精通されたお客様がいらっしゃることもあります。亭主を務める若手にとっては逃げ出したくなるような圧倒的な緊張感に包まれる瞬間ですが、そのリアルな現場での真剣な対話や、お客様から直接いただく温かいアドバイスこそが、彼らのプロ意識を猛烈に育てていく最高の教本となるのです。

現代の優秀な若者は、決して過酷な仕事や厳しい環境を避けているわけではありません。マニュアル通りに動くだけの、いずれAIやロボットに簡単に代替されてしまうような単純作業に未来や魅力を感じないだけなのです。最高峰の裁量を与えられ、自分の頭で必死に考え、自らの振る舞いと対話でお客様の感動を直接生み出す。この圧倒的なやりがいと重い責任こそが、優秀な若者たちの働くモチベーションに火をつけ、彼らを真のプロフェッショナルへと押し上げています。

そしてこの取り組みは、若手の成長という枠を超えて、私たちの経営そのものに予想もしなかった変化をもたらすことになります。深刻な人手不足に喘ぐ宿泊業界にあって、それは採用の現場でもっとも劇的なかたちで表れました。詳しくは後編記事〈新卒採用の一次選考はまさかの「茶室」…温泉旅館「浜の湯」が客も学生も集める"非効率な仕組み"〉でお伝えします

鈴木良成

株式会社ホテルはまのゆ 代表取締役

1964年生まれ。釣り宿「浜の湯」の長男として生まれ、大学卒業後2年間、山形県の旅館で修業を積み家業に加わる。2008年、社長就任。現在は、観光サービス専門学校の講師も務めている。

食べるお宿 浜の湯HP: https://www.izu-hamanoyu.co.jp/

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