「高市首相はICC赤根智子・所長を守らずして保守といえるのか」保守論壇の重鎮、中西輝政・京都大学名誉教授が直言「いまこそ対米外交を見直す好機」
国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子・所長が米国のトランプ政権から制裁を科せられた問題で高市早苗・首相の姿勢が問われている。首相は「大変残念」とコメントしただけで米国への正式な抗議をしていない。そうした姿勢が保守政治家を自任する高市首相の取るべき対応なのか。
法の支配を守り抜くことが日本の大原則
「弱腰との批判はあたらない」
首相は8月25日の会見でそう反論し、「(米国に)赤根所長を制裁対象にしないよう累次にわたって様々なレベルでギリギリまで働きかけを続けてきた」と釈明に追われた。
ICCは戦争に絡む残虐行為などを犯した個人を裁く常設の国際法廷として国際条約で2002年に設立された。米国は加盟しておらず、ICCがアフガニスタンで活動していた米兵を捜査対象にしたり、非加盟国であるイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出したことなどを批判。ルビオ国務長官は制裁にあたって「国家主権への攻撃は容認しない」と声明を出した。
外交評論家・天木直人氏が解説する。
「ICCは日本が最大の分担金を拠出している国際組織です。米国による経済制裁は不当で暴力的であり、本来なら外務省は当然、米国政府に抗議すべき。しかし、悩ましいのは今の米国はトランプ大統領がやりたい放題で、怒らせるとどうなるかわからない。赤根所長が制裁によりクレジットカードなどを使えなくなる可能性について外務省が『各民間企業の判断に委ねられる』といった紋切り型の説明しかできていないことからも、対応への苦慮が窺えます」
日本の"親米保守派"には、ICCが米国人は捜査対象にしながら、同じ非加盟国の中国や北朝鮮での人権問題の摘発には消極的だとICCの姿勢に批判を向け、高市首相を擁護する声もある。
しかし、保守論壇の重鎮、中西輝政・京都大学名誉教授は米国に対して"逃げ腰"ではいけないと警鐘を鳴らすのだ。
中西氏の直言である。
「法の支配は日本の国家としての原則ですが、国際社会の現実は各国が軍備を持ってにらみ合っている。『法の支配は無理だ』となれば、ルールなしの弱肉強食になる。今、その崖っぷちだと多くの国の人が考えているわけです。
そのなかで日本は、法の支配を守り抜くことを国家の大原則として打ち立てている。ICCを盛り立て、存続させることで国際秩序を守る処方箋にしようというのがこの国の方針なわけです。そうすることで日本は東南アジアや中東でも南米でも信頼を得てきたのだから、ここの部分は揺るがせにできない」
そうした日本の基本姿勢に対する米国のICC敵視をこう読み解く。
「米国は世界の紛争地域に軍隊を送ってきたが、米国政府の関与なく米兵が裁かれることは容認できない。米国の国際法に対する考え方は特殊で、米国にだけ通用する法があって、国際法だから従いなさいと言っても聞かない。無理強いすれば米国は孤立主義に向かう。特にトランプ政権は『力による平和』をはっきり掲げる。
日本の立場からすればICCを守ることも重要だが、米国を国際社会につなぎ止めることはもっと重要。だから日本は米国に、国際秩序を守るには力による平和の他に『もう一つ方法がある』と法の支配を訴え続けなければならない。米英関係が後退した今、それができるのは世界で日本ぐらいしかない」
アメリカだけでなくICCにも働きかけるべき
かつて安倍晋三・元首相のブレーンでありながら、中西氏は「対米位負け」外交を批判してきた。日本政府は冷戦後も基本的に"親米保守"のスタンスを維持してきたが、経済的衰退を受けて内向きになったアメリカにトランプ大統領が登場した状況が、むしろ対米外交を見直すいい機会となる可能性も指摘してきた。
「トランプ政権にもはっきりと物申して自立を目指す姿勢を見せることこそ、健全な日米関係を築くために日本の保守に求められることではないか。そうすることにより、アメリカも日本の立場を尊重するようになっていくはずです」
保守と対米追従は異なるという考え方をすれば、高市政権が赤根氏を守るのは当然の責務となる。
「日本政府が制裁を受けた人を特別に保護する公的な仕組みを作り、世界、特にアメリカに向けて発信する。日本の国益上の重要問題であると示すことが必要です。日本の金融機関が逃げ腰になるのは仕方ないが、政府が動けば金融機関もついてくるでしょう。また、日本国民が赤根所長を支持していると米国に明確に知らせないといけない」
そのうえでICCへの働きかけも重要だという。
「ICCには米国に厳しい対応を取る傾向がある。時には日本政府が働きかけ、米兵が海外任務で戦争犯罪に問われるケースにはよほど慎重な捜査をするように促す必要がある。米国を法の支配の国際的枠組みにつなぎ止めるためです。それには日本政府がICCの裁判官に送り出す人材も重要になる。人選は外務省が行なうが、法律実務家を送り込む。国内法中心の実務家からすれば、米国がやることには批判的にならざるを得ない」
しかし、法律論一点張りではなく、政治的思考も必要だとする。
「そもそも国際法は国内法とはやや異なる法体系で、政治的思考を含めたもの。日本政府は国際的視野を持ち、先進国としての責任感を持って国際秩序とアメリカへの対応を、もう少し深く考えられる実務家を送り出す。ICCと米国の仲立ちをすべく努力することが、法の支配を原則にする日本の進む道でしょう」
米国にも、ICCにも物が言えるニッポン。それが高市首相と首相を支える保守層に求められる姿勢ではないか。
※週刊ポスト2026年9月11日号
