【社会人野球】広島戦力外の元ドラ4が「異例の正社員」に プロ通算10安打で終わった男が新天地で取り戻した輝き
幼い頃から憧れていた世界での挑戦は、ほろ苦く終わった。だが、その男は舞台を変え、再び輝きを取り戻している。
今年から社会人野球のNTT東日本でプレーする韮澤雄也(にらさわ・ゆうや)は、2019年のプロ野球ドラフト会議で4位指名を受けて広島に入団したが、昨年、戦力外通告を受けた。

昨年、広島を戦力外となり、今季からNTT東日本でプレーする韮澤雄也 photo by Yu Takagi
入団時は巧みなバットコントロールと堅実な守備を評価されたが、「打てなかったですね」と自身が振り返るように、6年間で一軍通算10安打。思い描いたような結果を残すことはできなかった。
それでも、見ている人は見ていた。高校時代に指導した花咲徳栄の岩井隆監督は、「最初にグラウンドに来て整備を始める選手だったので、後輩たちの鑑のような存在でした」と振り返る。プロでは結果こそ出なかったが、野球に向き合う真摯な姿勢は変わらなかった。そして、その姿勢が新たな縁を呼び込んだ。
昨秋、名門・NTT東日本で指揮を執る北道貢(きたみち・みつぐ)監督は、2026年のチーム編成に頭を悩ませていた。
就任1年目は、社会人野球最高峰の舞台である都市対抗野球大会(以下、都市対抗)への出場を逃した。秋の日本選手権出場こそ決めたものの、2026年の巻き返しに向けて戦力の整備を進めていたが、誤算が重なった。
「プロ待ち」と呼ばれる、プロ野球ドラフト会議で指名されなかった場合は入社するという条件で声をかけていた大学生野手ふたりが、ともにドラフト指名を受けた。加えて、喜ばしいことではあるが、遊撃手としてチームの中心を担っていた石井巧もヤクルトから6位で指名され、退社することになった。
ドラフト後、新たに獲得できる高校生や大学生の有力選手は、ほとんど残っていなかった。そこで浮上したのが、広島を戦力外になったばかりの韮澤だった。
北道監督は、駒澤大の後輩にあたる広島の新井良太打撃コーチ(昨年まで二軍担当)にも相談した。すると、新井コーチは韮澤の人間性を高く評価したという。新井コーチの言葉を聞いたうえでトライアウトを視察した北道監督は、「かっこいい雰囲気だな」と感じたという。その印象にも背中を押され、韮澤に声をかけた。
【本来のチームプレーを思い出した】NTT東日本ではこれまで、かつて所属していた選手がプロ野球を経て再加入するケースはあったが、所属経験のない元プロ選手を採用するのは初めてだった。
韮澤自身も「びっくりしました」というオファーだったが、声をかけられた翌日には練習に参加。会社側も「高卒7年目の中途採用」という形で正社員として迎える待遇を用意し、入社が決まった。
元プロ選手を採用する社会人野球の企業チームは増えているが、嘱託社員としての契約も少なくない。そうしたなかでの正社員採用は、NTT東日本の期待の大きさを物語っていた。
恩師の岩井監督も背中を押した。
「野球をやってお金をもらえるということは同じ。野球界にまだ必要とされているんだから、頑張れ」
自らを「人見知り」と表現する韮澤だが、新天地にはすぐに溶け込んだ。
北道監督は「今季から加入したという感覚がまったくない。ずっと長く一緒にやっているような感覚ですし、チームに与えるいい影響も大きい。韮澤を獲ってよかったなと、いつも思っています」と称賛を惜しまない。
主将の向山基生(むこやま・もとき)も「今年入ってきた感じがしないくらい溶け込んでいます」と口を揃える。
「厳しい世界を知っている選手なので、野球への思いがすごく強い。体のケアや準備は誰よりも早くしていますし、見習うことばかり。いい背中を見せてくれています」
韮澤も「チームメイトはいい人ばかりで、来た時から歓迎してくれたので、不自由なくやれています」と感謝する。
なにより、野球そのものに対する感覚が変わった。社会人野球の魅力を尋ねると、こんな言葉が返ってきた。
「会社のため、チームのためと、自分のためだけじゃないところですかね。プロでは自分がどうやって活躍するかだけを考えていたので、本来の野球のチームプレーを思い出したというか」
高校時代まで持っていた感覚を取り戻したのかもしれない。
「こっちのほうが合っているのか、すごく楽しいですね。自分が打てなくてもチームが勝てればいい。それを都市対抗予選とかで気づかされました」
そう言って、韮澤は笑った。
【元プロが見せた献身性】激戦が続いた都市対抗予選では、その言葉を象徴するような場面があった。セガサミーとの初戦。韮澤は4回、逆方向の左翼席へ本塁打を放った。しかし、4対0で迎えた7回、二塁手として一塁へ悪送球。これをきっかけに一挙7点を奪われ、9回には代打を送られた。
下を向いてもおかしくない。「元プロ」としてのプライドが傷ついても不思議ではない状況だった。それでも、9回に味方が3点を奪って同点に追いつき、試合が延長にもつれ込むと、10回の攻撃を前に行なわれたグラウンド整備で、率先してトンボを手にする韮澤の姿があった。
社会人野球では当たり前の光景なのかもしれない。だが、昨年まで身を置いていたプロ野球では、選手自身が担うことのない仕事だ。その話を北道監督にすると、目を細めた。
「試合に出ていない時は、バット引きもやってくれますよ」
高校時代、誰よりも早くグラウンドに来て整備を始めていた少年。その身に染みついたものは、「厳しい世界でした」と振り返る6年間のプロ生活を経ても、何ひとつ変わっていなかった。
セガサミーとの初戦では、一発勝負の緊張感のなかで、個人として悔しい思いも味わった。それでも、第4代表決定戦では3打数2安打2打点。チームを2年ぶり48回目の都市対抗本大会出場へと導いた。
8月28日、NTT東日本は日本製紙石巻との都市対抗初戦を迎える。
舞台は東京ドーム。会社を挙げた大応援団の声援を受け、韮澤にとっては久しぶりに大観衆の前でプレーする機会となる。
「活躍している姿を6年間見せられませんでした。とくに最後の1年はケガをして、いろんな病院の先生などにお世話になったので、活躍する姿を見せて恩返ししたいです。そして、会社にしっかり貢献できるように頑張りたいです」
もう、その言葉は社会人野球の選手そのものだった。
勝つために、自分にできることをする。打てなくても、試合に出られなくても、チームのために動く。一発勝負の緊張感と、ひたむきな姿勢が見る者の胸を打つ社会人野球。その舞台で韮澤は、プロの世界で磨いた技術と、昔から変わらない献身性を武器に、再び輝こうとしている。
韮澤雄也(にらさわ・ゆうや)/2001年5月20日生まれ、新潟県出身。右投左打の内野手。花咲徳栄高では1年時からベンチ入りし、2017年夏の甲子園で全国制覇を経験。3年連続で夏の甲子園に出場し、2019年にはU-18日本代表に選出された。同年のドラフトで広島から4位指名を受けて入団。一軍通算63試合に出場し、75打数10安打、打率.133、3打点。2025年に戦力外通告を受け、2026年からNTT東日本でプレーしている。
高木遊●文 text by Yu Takagi
