テレビ信州

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常に何かを創作し、亡くなる直前まで絵筆を手放すことがなかったという草間さん。まさに創作の人生でした。

長野県松本市出身の芸術家、草間彌生さん。8月14日、都内の病院で亡くなりました。97歳でした。

作品が展示されている松本市美術館を訪れていた人は、突然の訃報に…。

静岡から来た親子
「そうなんですか?びっくり…」
東京から
「日本の財産だと思いますし、世界の舞台で活躍していた方で、ご冥福を祈りたいと思います」

1929年に松本市で生まれた草間さんは、松本高等女学校(現在の松本蟻ケ崎高校)を卒業後、京都市立美術工芸学校で日本画を学びます。
1957年に単身でアメリカへ渡り、ニューヨークを拠点に活動。前衛芸術家として世界的な評価を集め、2016年には文化勲章を受章しています。

大和洋介記者
「松本市美術館には、草間彌生さんの代名詞、水玉模様がたくさんあります。そして巨大なチューリップのオブジェ、美術館ができた2002年に制作されたものです」

草間さんを象徴する水玉と網目模様をモチーフにした作品の数々は、草間さんが幼少期から幻視や幻覚を体験し、そのイメージを絵に表現したのが始まりだと言われています。

松本市美術館の学芸員、渋田見彰さんは、草間さんと最後に会ったのは2か月前で、病室で絵を描き続けていたといいます。

松本市美術館学芸員 渋田見彰さん
「今とてもいい環境の中で、草間さんの作品に親しんでいただける状況になってきたところで、多くの方がそれを求めて、いらっしゃっていただいているところでした。いつかそういう状況を、草間さんに見ていただきたいと思っていたところだったので、とても残念です。草間さんが何かを創っていないというのが、想像できないくらい、創作の人生の方だったと思う」

松本市民は…。

松本市民(80代)
「残念ですね。刺激的な作品で、松本からあんなに立派な方が出てね」
松本市民(40代)
「松本のシンボルみたいな方。市のパンフレットにもなったりもしているし、非常に身近な存在に感じていた」
松本市民(40代)
「速報で入ってきて、すごくショックは受けたが、ぜひ追悼展をやってほしいと(家族と)話をした」

松本市美術館では28日から3日間、献花台を設置することにしています。