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決定的な要素はタイヤとブレーキ

JCBはボンネビル・スピードウィークをテストの場として選び、そこでギア比やトラクション、パワーデリバリー、ステアリングの調整など、数多くの学びを得た。コースは本番と少し異なり、北のフローティング・マウンテンに向かう一方向のみ。

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はじめにスタート直後のトラクションが課題となった。ギア比の関係で、ハイドロマックスは55mph(90km/h)に達するまで1速に入れられなかったため、ランドローバー・ディフェンダー・オクタで押し出すのだが、プロドライバーのダレン・ターナー氏とパワフルな四輪駆動車をもってしても十分なトラクションを確保するのに苦労した。


JCBハイドロマックス    JCB

ボンネビル・スピードウィークで得た最も重要な学びは、いかにして車両を停止させるかということだった。陸上速度記録車がどれだけの速度を出せるかを決定づける要因は2つ。タイヤとブレーキである。

ハイドロマックスの場合、まずグリーン氏がスロットルを離して車内に残った水素を排出させ、その後、2つのパラシュートを展開して車速を落としてから摩擦ブレーキを使用する。パラシュートが狙い通りに機能するかどうかが鍵だ。グリーン氏は自ら車内にパラシュートを収納することを選んだ。

週末までに、ハイドロマックスは368.347mph(592.79km/h)を記録し、クラス新記録を樹立した。これは2基のエンジンを約600psにチューニングして達成されたものだ。そして、最高800ps近い出力を発揮する2基の新型エンジンに換装し、本番に挑んだ。

最後まで課題は山積み

ボンネビル・スピードウィークが終了し、月曜日になると、JCBだけがザ・ソルトに残っていた。ほんの数日前までこの広大な土地に大勢の人々が集まっていたのだが、その痕跡といえば、回収を待つ仮設トイレの列だけだった。

月曜日もテスト日であり、グリーン氏は3回の走行を行い、エンジン出力の違いを徐々に把握していった。


JCBのアンソニー・バンフォード会長とドライバーのアンディ・グリーン氏    JCB

バラード氏は、「コースも変わっていました。数日経っただけで塩のコンディションはまったく異なっていたため、出力の配分にも若干の調整が必要でした」と話す。

課題はもう1つあった。グリーン氏にとって、フローティング・マウンテンから南へ向かう逆方向でのコース走行は初めてだったのだ。この方向で特に重要なのはブレーキングだ。ランオフエリアを越えると、州間高速道路80号線に飛び出してしまう。

何度もテストを重ね、ハイドロマックスの走行回数は計47回となった。本番まで残りはあと2回だけ。しかし、解決すべき課題は山積みだった。

「夜遅くまで車両の調整を続けていました」とバラード氏は言う。「すると、リアモーターに黒いプラスチック片が混入し、ターボチャージャーが破損していることが判明したんです。そのため、ターボチャージャーとエアクーラーの両方を交換しなければなりませんでした」

エンジン始動、そして発進

エンジニアたちは深夜まで作業を続けたが、火曜日は早朝からのスタートが求められた。記録走行に最適な時間帯は、朝方の湿気が蒸発した後、気温が急激に上昇するまでの間だからだ。幸い、火曜日のコンディションは完璧だった。

ただし、ハイドロマックスについては完璧とは言えなかった。スタートラインでトレーラーから降ろされた際、リアターボからオイル漏れが発生していたのだ。


JCBハイドロマックスと支援用のランドローバー・ディレクター・オクタ    JCB

バラード氏は「ターボ全体を交換したばかりだったのに、なぜこうなったのか、正直なところまったく見当がつきません」と話す。それでも、新品のターボを取り付けるしか選択肢はなかった。「心の中で祈りを捧げ、エンジンを始動させたところ、無事に動きました」

準備を整えると、グリーン氏がハイドロマックスに乗り込んだ。エンジニアたちは冷却に必要な250kgの氷を詰め込み、エンジンを始動させた。そして助手席にバンフォード会長を乗せたディフェンダー・オクタが、ハイドロマックスを55mph(90km/h)までプッシュした。

そこからグリーン氏はギアを上げていき、やがて400mph(640km/h)を超えた。1回目の走行の目標は、400mphをわずかに上回る速度を出すこと。今後の基盤となる土台を築くためだ。

レースさながらの挑戦走行

「最初の1マイル(1.6km)地点を230mph(370km/h)で通過し、4速、5速と加速を続けました。400mphに到達できるかどうかの分かれ目となるのが5マイル(8km)地点ですが、予想を上回るパフォーマンスで、計測区間に入る時点で410mph(660km/h)に達していました。このマシンでこれまで走った中で最速です」

コースの肝となる区間は5.5マイル(8.8km)地点からで、逆説的だが、グリーン氏はその区間に入る際にアクセルを離し、エンジンを切った。これにより、エンジン内の排気を排出してから3.5マイル(5.6km)の減速区間に入ることができた。


JCBハイドロマックス    JCB

「目的は速度を制御することでしたが、実際には100ヤード(90m)ほど早くアクセルを離してしまったんです」とグリーン氏。

彼は目標速度ギリギリの400.623mph(644.7km/h)で1マイル地点を通過した。パラシュートを展開し、ブレーキをかけながら(ステアリング操作はほとんど効かないが)コース外へ逸れる。そして、折り返し地点でタイヤ交換、氷の補充、給油などを行う。

「50分しかないから、まさにレースそのものです」とバラード氏は言う。コースの反対側にはエンジニアが待機し、5Gで送信されたテレメトリーデータの分析をすでに始めていた。

歴史に名を刻んだ瞬間

バラード氏の仕事の1つは、高精度なデータが記録されたメモリースティックを車両から取り出し、エンジニアに手渡すことだった。そのエンジニアはデータを抱えて、5マイル離れたピットへとディフェンダー・オクタで足早に戻っていった。

「高温については少し心配していました。マシンが熱くなりすぎて、側面の塗装やカーボンが焦げてしまい、2回目の走行を中止せざるを得なくなる寸前でした。残り数分という状況で、無線でエンジンのキャリブレーションを変更するという判断を下さなければなりませんでした」


JCBハイドロマックス    JCB

しかし、チームはこうした事態を想定していた。

「直線コースだから簡単だと思われるかもしれませんが、チームは10マイルにわたるソルトフラッツのあちこちに分散しているのです。ロジスティクスの調整には苦労しました」とバラード氏は言う。

折り返し地点でマシンの向きを変え、再びグリーン氏が乗り込む。今回は、バンフォード会長とその家族がコース脇に立ち、ハイドロマックスの走りを見守っていた。掘削機というよりは戦闘機を思わせるエンジンの轟音と共に、マシンが閃光のように通り過ぎた。その姿は確かに速そうに見えた。少なくとも、これまでのどの走行よりも速かった。

そして、実際に速かった。グリーン氏が復路で記録した速度は412.135mph(663.2km/h)だった。任務完了。1年半にわたるチームの奮闘と、1時間にわたる必死の作業は、わずか18秒足らずで報われたのである。

世界最速の水素自動車

ここに世界最速の水素自動車が誕生した。ハイドロマックスは地球上で最速のゼロ・エミッション車だ。

バンフォード会長はこの記録について、特に建設機械において水素が低炭素社会の実現に不可欠であることを証明したと語った。彼の夢は、ザ・ソルトで見事に実現されたのだ。


JCBハイドロマックス    JCB

プロジェクトをここまで率いてきたバラード氏は疲労感と安堵を滲ませながら、次のように語った。

「『ようやくやり遂げたぞ』という気持ちが何よりも強いですね。このプロジェクトでは、『一体どうすればいいんだ?』と座り込んで考えることが何度もありました。妻や家族がそばにいて、わたしを支えてくれました」

「わたし達は性能の限界まで挑戦しました。そして、リアから排出されるのがH2Oだけだなんて。素晴らしい。本当に素晴らしい」