【木田 トウセイ】フジが生んだ「天才脚本家」がTBSで大暴れ…! 『Tシャツが乾くまで』が面白すぎる理由
蒼井優が主演、生方美久が脚本を務める話題作
稀代の演技派女優・蒼井優が18年ぶりに地上波連ドラの主演を務め、『silent』『いちばんすきな花』『海のはじまり』で知られる新進気鋭の脚本家・生方美久が脚本を手掛けることもあって、放送開始前から大きく注目されていたドラマ『Tシャツが乾くまで』(TBS系、金曜午後10時〜)。
夏クールの連続ドラマで、『VIVANT』(TBS系、日曜午後9時〜)以上に世間を騒がせている作品は同作かもしれない。
まず、ストーリーについておさらいしよう。蒼井優演じる主人公の咲子は、松山ケンイチ演じる夫・充と仲良く暮らしていた。一方、中島歩演じる樹生も、夏帆演じる妻のあずさと息子の翔と平穏な日々を送っていた……。
そんなある日、充とあずさがバス事故に巻き込まれる。あずさは亡くなり、充は行方不明に。残された咲子と樹生が彼らの足取りを追うなかで、樹生は「充とあずさは不倫関係だったのでは……」と咲子に告げる。夫の無実を信じたい咲子と妻に裏切られたと考える樹生。二人は支え合いながら、配偶者たちの秘密に近づいていく……といった内容だ。
一言でいえば“不倫ドラマ”にジャンル分けされるだろうが、簡単に定義しがたい“繊細で複雑”なラブストーリーになっている。
評判は数字にも表れている。第1話の無料配信再生数が347万回を超え、TBSの金曜ドラマ枠の歴代最高を更新。第6話は407万再生にまで上がり、第1話から第6話までの累計再生数は2000万回を突破している。
また、世帯視聴率も初回6.9%から第7話で7.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)までジワジワ上昇中。配信視聴やSNSでの評判を聞きつけた視聴者がリアルタイム視聴に移行する、昨今の業界では理想とされるパターンを辿っていると言えるだろう。
乱立する不倫ドラマとは異なり、淡々としたトーンで展開する同作はなぜこれほどまでに評価されているのか? ドラマ業界で働く関係者たちのコメントを集めた。
不倫ドラマの概念を覆す挑戦的な作品
「視聴率を見る限り、まだ傑作ドラマだと言い切るのは早い。ただ、これだけ配信が回るのは異例中の異例ですよ」
そう語るのは、キー局で連ドラを手がけてきたプロデューサー・A氏だ。彼は、同作の配信での人気ぶりについて私見を述べる。
「ドラマを見た後に『あのシーンはどういう意味だったの?』と思わせ、ついついTVerなどの配信コンテンツで見返したくなるシナリオになっているのが理由でしょう。
脚本を担当する生方美久さんのドラマはどれも、小さな引っかかりを残すセリフや間(ま)を置き、劇中のアイテムや背景の細部にも意味を持たせている。しかも、わざとらしくならない絶妙な塩梅で入れ込んでいるところが素晴らしい。これによって『充とあずさはバスに乗って何をしようとしていたの?』『あの会話を見返したい』『一瞬映っていたモノって実は……』といった感想や考察がSNSに集まる。
そして、その投稿が気になった視聴者が配信を見返すという構造ができあがって、視聴率だけでは測れない配信の強さにつながっているわけです。いわゆる考察ミステリーのような仕組みを不倫ドラマで平然とやってのけているのは、脚本のセンスですよ」
「これまでの不倫ドラマとは全く違う感覚を味わえるところが評価されているのでは?」
制作会社でドラマやドキュメンタリーのプロデューサーを務めるB氏は語る。
「不倫ドラマは『夫と妻、どちらが悪い?』『どこからが不倫なのか?』という議論になりがち。でも同作は、そこをストレートに描こうとはしていない。まず、序盤話で不倫をしたと思われる当事者が不在のままでストーリーが進むところは非常に斬新でしたよね。咲子も樹生も真相を探るうちに自分の結婚生活を見つめ直すことになる。相手を責めるはずが、自分もまた相手を見ていなかったことに気づく。
しかも、二人が距離を縮めていくことで「配偶者を失ったばかりなのに……」という感じ方と「同じ痛みを抱える二人が寄り添うことは必然」という感じ方。この相対する意見を提示した。
だからこそ視聴者は気持ちよく誰か一人を悪者にできなかった。このムズムズするけれど、生々しい関係性の描き方がドラマファンの心に刺さっているのだと思います。これは既存の不倫ドラマへのアンチテーゼとも取れる挑戦的な作品だなと感心しました」
圧倒的な演技力と存在感を放つキャスト陣
さらにB氏は続ける。
「これだけでも十分新しいのですが、さらに一段深いテーマを描き込んできたことに驚きました。
1年間失踪していた充が『あずさとの関係は不倫ではない』と主張し、言い返し始めた。これで視聴者に『充は最低だ』と思わせておいて、最新話(7話)で、充は幼少期に親の愛情を受けられず、突然消えたくなる『失踪癖があった』ことを吐露した。
失踪癖や逃げたくなる感情を持つキャラクターを描いたドラマはこれまでにほとんどなかったはず……。誰しも一度は頭によぎったことのある思いをここまで赤裸々に描いてくれた。これには震えました。しかも、愛情ゆえに距離を置かれた咲子の苦しさや怒りもしっかりと描くことで、単に同情を誘う回にはしていなかったところも見応えがありました」
既存の不倫ドラマとは違うアプローチをいくつもしている点が、ここまでの熱狂を生んでいるようだ。
「出演俳優たちの演技を見るだけで十分価値がありますよ」
ドラマや映画について寄稿するライターのC氏は、キャスト陣の演技を高く評価する。
「蒼井優さんが演じる咲子は平静を保とうとしているものの、実際は心が壊れかけている。その感情の揺れや葛藤を、大げさなセリフではなくて表情の変化や目の動きで表現しているところにすごみを感じる。
映画や深夜ドラマで存在感を放ってきた中島歩さんも大役を見事に演じ切っている。彼が演じる樹生は、正しさを主張するセリフでもどこかトゲがある。また、切ない言葉を吐露するときも、セリフの抑揚を付けるわけではなく言い淀んだり、間を使ったりして話す。彼の繊細な演技力は、倍速視聴では伝わらないと思いますよ。
TBSドラマに出まくっている松山ケンイチさんも相変わらず素晴らしい。充の生い立ちや失踪癖を語るときも驚くほど飄々と語る。感覚の鈍さや共感力の低さを抱えるキャラクターをごくごく自然に演じていますが、あれは相当難しい演技。
夏帆さんも、悪意のない明るいキャラクターでありながら、心に闇を抱えるあずさを完璧に演じている。高橋文哉さんやリリー・フランキーさんの不気味な佇まいもストーリーに深みを与えています。
SNSでは『咲子にモヤモヤする』『充にイライラが止まらない』といった投稿が多数書き込まれていますが、あれは俳優陣の演技が上手すぎるから。過剰な誹謗中傷はよくないですが、まるでリアルに存在する人物への書き込みをしているかのようなムーブが起こること自体が珍しいし、ヒットの一因につながっていますよね」
フジが生んだ脚本家・生方美久が……
深夜ドラマや舞台脚本を手掛ける女性脚本家・D氏は脚本についても絶賛する。
「『silent』を手掛けたときから、生方さんはセリフがうまい脚本家だと感じていました。さりげない日常会話やセリフの伏線回収は見事で、今回もその力は健在。ただ、ストーリーの動かし方が明らかに変わりましたね。
長年、フジテレビで活躍してきた彼女は、いま進化のフェーズに突入しているのではないでしょうか」
後編『またも人材が流出……? フジが生んだ「天才脚本家」がTBSでドラマを書いたワケ』では、同作の脚本家を生んだフジドラマが直面する深刻な人材難について、関係者が語ります。
