[U-21 Jリーグ]「2度目の古巣対決」で感じたサックスブルーの誇り。U-21磐田MF奥田悠真は目の前の舞台でアピールを続けてJリーグ出場を手繰り寄せる!
[8.23 U-21 Jリーグ 東西リーグラウンドEAST第1節 U-21磐田 2-3 U-21川崎F ヤマハ]
改めて実現した2度目の“古巣対決”。かつてのチームメイトたちが、かつて自分も在籍していたチームのユニフォームを纏い、ピッチでプレーする姿をウォーミングアップエリアで見ていると、嫌でも気持ちははやる。
「もう本当に『早く出たい!早く出たい!』っていう気持ちはずっとありました。やっぱりもう少しプレータイムが欲しかったなというのは本心ですけど、ああいう時間帯で試合に出て、何ができるかということを考えて、ピッチに入りました」。
ベンチから声が掛かったのは、試合終盤の82分。U-21 川崎フロンターレと対峙した『U-21 Jリーグ』の開幕戦。U-21 ジュビロ磐田の56番を背負った18歳。MF奥田悠真は2点のビハインドを追い掛ける展開の中、ヤマハスタジアムのピッチへ駆け出していく……
ジュビロ磐田U-18の攻撃の中心として、高円宮杯プレミアリーグでも好パフォーマンスを披露し続けている奥田は、もともと川崎フロンターレのアカデミー出身。中学の3年間はU-15生田でプレーし、そのままU-18へと昇格。年代別代表にも招集されるなど、将来を嘱望されているが、昨シーズンの途中で環境の変化を求めてクラブを退団。磐田U-18へと新天地を求めることになった。
初めて親元を離れて寮生活を送る中で、洗濯用洗剤の値段1つをとっても、今までに知らなかったような気づきを得る毎日。「今まで親が自分にしてくれていたことに、凄く感謝するようになりましたし、そういうことに気づけたことは、凄くプラスなことなのかなと思います」と語るなど、サッカー面以上に人間性の部分の成長にもフォーカスしてきた。
実は1度目の“古巣対決”は、昨年の10月に経験している。『2025 Jユースカップ』の2ndラウンド。川崎F U-18と同じグループに組み込まれた磐田U-18の一員として、乗り込んだアウェイゲームの地はかつての練習場でもあるAnkerフロンタウン生田。試合は1-1のドローに終わったが、奥田にとって特別な90分間になったことは言うまでもない。
今季のプレミアリーグでは川崎F U-18がEASTに、磐田U-18がWESTに所属しているため、公式戦で対戦できる機会はプレミアリーグファイナルと、年末開催のクラブユース選手権のみ。もちろん奥田もその実現に意欲を燃やしていたが、新たに創設される『U-21 Jリーグ』に両クラブが参戦し、しかもこちらでは同じEASTに振り分けられたことを知り、にわかに2度目の“古巣対決”が現実味を帯びていく。
大会日程が発表されると、U-21磐田とU-21川崎Fの対戦はまさかの開幕戦。「フロンターレとやれることがわかった時に、自分の心がざわついた感じはしましたね」。スケジュールを知った時から、奥田がその日をずっと心待ちにしていたことは、想像に難くない。
8月23日。ヤマハスタジアム。ベンチスタートとなった奥田は、見慣れた水色と黒のエンブレムの付いたユニフォームを着ている、一緒にボールを追い掛けていた選手たちが、自分のチームメイトたちと戦っている姿を見たことで、改めて不思議な感情が湧き上がってきたという。
「もうピッチに出ている選手も、ベンチにいる選手も、ほとんどが見たことのある選手でしたし、向こうの監督やコーチの人たちも全員と関わりがある中で、『ああ、本当に敵になったんだな』というふうに実感しましたね」。
U-18で一緒にプレーしていたU-21川崎FのFW廣瀬寧生は、新天地で奮闘する元チームメイトから、確かな刺激を受けていたという。「この間のプレーオフ(J2・J3百年構想リーグプレーオフラウンド)で、もう悠真がトップチームでプレーしていると聞いて、その時にはかなり刺激を受けましたね」。
試合はU-21磐田が開始3分に石塚蓮歩のPKで先制したものの、前半の内にU-21川崎Fが追い付くと、後半から途中出場した廣瀬が2ゴールを叩き出し、1-3というスコアで終盤に。すると、安間貴義監督は82分に3枚代えを決断。同じU-18所属の服部公紀、中谷桜太朗とともに、背番号56が勝負の舞台へ解き放たれる。
もちろん“直属の後輩”に、先輩たちが容赦するつもりは毛頭ない。「彼には絶対にやらせたくなかったので、他の選手にも『絶対あそこはやらせないよ』と言いました(笑)」(林駿佑)「奥田はああいうところで点を獲ってくる選手というイメージがあったので、他の選手も警戒していましたけど、それ以上に一瞬の動きだったり、背後のランはより警戒して、集中して対応しました」(関晴)
右サイドハーフに入った奥田は、ファーストプレーでいきなり関へ向かって果敢にドリブル。このトライはチャンスに繋がらなかったものの、この一戦に対する高いモチベーションを明確に滲ませる。
84分には西野陽向、中谷、片岡蓮心と3人のU-18所属選手が絡んだ流れから、自ら奪ったPKを佐藤大樹が沈めて1点差に。これには安間監督も「途中から出したユースの子たちが、果敢に行って1点獲るところまで持ってきたのは大きいなと思います」と一定の評価を口に。若い力がチームにエネルギーをもたらしていく。
だが、ファイナルスコアは2-3。スタンドに1,300人を超える観衆を集めた『U-21 Jリーグ』のファーストマッチは、1点差での惜敗という結果となった。
試合後の会見で、U-21川崎Fの長橋康弘監督は、U-18時代に指導していた奥田の変化について、こんなことを話してくれた。
「ジュビロに来たことはだいぶ前に聞いてはいたのですが、私も彼と一緒にやらせてもらった時間がありますので、心配していたところもありました。ただ、ゲーム前に挨拶に来てくれた時には、かなり人間的にも成長したなということを感じましたし、凄くここから活躍しそうだなという感じを、私は個人的に受けたんですね。非常に嬉しい再会でしたし、彼には『頑張ってほしい』と伝えました」。
タイムアップからしばらくして、奥田はアウェイのゴール裏へと挨拶へ向かう。川崎Fのサポーターから送られたのは大きな拍手と“奥田コール”。本人はこの一連がメチャメチャ嬉しかったそうだ。
「自分がどう思われているかはわからないですし、『どういう感じになるのかな』というのは、凄くドキドキというか、ワクワクもしていました。でも、ああやってサポーターの方々が最後に僕の名前も呼んでくれましたし、凄く温かみを感じて、『やっぱりフロンターレはいいクラブだな』と思いました」。
2度目の“古巣対決”を経て、ここから目指すのはJリーグで出場機会を得ること。この日の試合にはトップチームの秋葉忠宏監督も視察に訪れており、今後のアピール次第では十分にその可能性が広がっていく。今後の抱負を語る奥田の言葉にも、自ずと力が入る。
「成長できている手応えは感じています。でも、まだまだ足りていないのが現状なので、もっともっと突き詰めてやっていきたいです。まだまだ十分なアピールはできていないですけど、僕のパッションというところは、絶対にこのままやっていけば伝わるなと感じているので、諦めることなく、1日1日を大切に頑張っていきたいなと思います」。
自分で選択した勝負は、自分で正解にしていくしかない。小柄な身体に、ほとばしるエネルギーと熱いパッションを詰め込んだ、サックスブルーのネクストヒーロー。奥田悠真は“挑戦”という名の障壁がそびえ立ついばらの道を、ただひたすら、一直線に突き進む。
(取材・文 土屋雅史)
改めて実現した2度目の“古巣対決”。かつてのチームメイトたちが、かつて自分も在籍していたチームのユニフォームを纏い、ピッチでプレーする姿をウォーミングアップエリアで見ていると、嫌でも気持ちははやる。
「もう本当に『早く出たい!早く出たい!』っていう気持ちはずっとありました。やっぱりもう少しプレータイムが欲しかったなというのは本心ですけど、ああいう時間帯で試合に出て、何ができるかということを考えて、ピッチに入りました」。
ジュビロ磐田U-18の攻撃の中心として、高円宮杯プレミアリーグでも好パフォーマンスを披露し続けている奥田は、もともと川崎フロンターレのアカデミー出身。中学の3年間はU-15生田でプレーし、そのままU-18へと昇格。年代別代表にも招集されるなど、将来を嘱望されているが、昨シーズンの途中で環境の変化を求めてクラブを退団。磐田U-18へと新天地を求めることになった。
初めて親元を離れて寮生活を送る中で、洗濯用洗剤の値段1つをとっても、今までに知らなかったような気づきを得る毎日。「今まで親が自分にしてくれていたことに、凄く感謝するようになりましたし、そういうことに気づけたことは、凄くプラスなことなのかなと思います」と語るなど、サッカー面以上に人間性の部分の成長にもフォーカスしてきた。
実は1度目の“古巣対決”は、昨年の10月に経験している。『2025 Jユースカップ』の2ndラウンド。川崎F U-18と同じグループに組み込まれた磐田U-18の一員として、乗り込んだアウェイゲームの地はかつての練習場でもあるAnkerフロンタウン生田。試合は1-1のドローに終わったが、奥田にとって特別な90分間になったことは言うまでもない。
今季のプレミアリーグでは川崎F U-18がEASTに、磐田U-18がWESTに所属しているため、公式戦で対戦できる機会はプレミアリーグファイナルと、年末開催のクラブユース選手権のみ。もちろん奥田もその実現に意欲を燃やしていたが、新たに創設される『U-21 Jリーグ』に両クラブが参戦し、しかもこちらでは同じEASTに振り分けられたことを知り、にわかに2度目の“古巣対決”が現実味を帯びていく。
大会日程が発表されると、U-21磐田とU-21川崎Fの対戦はまさかの開幕戦。「フロンターレとやれることがわかった時に、自分の心がざわついた感じはしましたね」。スケジュールを知った時から、奥田がその日をずっと心待ちにしていたことは、想像に難くない。
8月23日。ヤマハスタジアム。ベンチスタートとなった奥田は、見慣れた水色と黒のエンブレムの付いたユニフォームを着ている、一緒にボールを追い掛けていた選手たちが、自分のチームメイトたちと戦っている姿を見たことで、改めて不思議な感情が湧き上がってきたという。
「もうピッチに出ている選手も、ベンチにいる選手も、ほとんどが見たことのある選手でしたし、向こうの監督やコーチの人たちも全員と関わりがある中で、『ああ、本当に敵になったんだな』というふうに実感しましたね」。
U-18で一緒にプレーしていたU-21川崎FのFW廣瀬寧生は、新天地で奮闘する元チームメイトから、確かな刺激を受けていたという。「この間のプレーオフ(J2・J3百年構想リーグプレーオフラウンド)で、もう悠真がトップチームでプレーしていると聞いて、その時にはかなり刺激を受けましたね」。
試合はU-21磐田が開始3分に石塚蓮歩のPKで先制したものの、前半の内にU-21川崎Fが追い付くと、後半から途中出場した廣瀬が2ゴールを叩き出し、1-3というスコアで終盤に。すると、安間貴義監督は82分に3枚代えを決断。同じU-18所属の服部公紀、中谷桜太朗とともに、背番号56が勝負の舞台へ解き放たれる。
もちろん“直属の後輩”に、先輩たちが容赦するつもりは毛頭ない。「彼には絶対にやらせたくなかったので、他の選手にも『絶対あそこはやらせないよ』と言いました(笑)」(林駿佑)「奥田はああいうところで点を獲ってくる選手というイメージがあったので、他の選手も警戒していましたけど、それ以上に一瞬の動きだったり、背後のランはより警戒して、集中して対応しました」(関晴)
右サイドハーフに入った奥田は、ファーストプレーでいきなり関へ向かって果敢にドリブル。このトライはチャンスに繋がらなかったものの、この一戦に対する高いモチベーションを明確に滲ませる。
84分には西野陽向、中谷、片岡蓮心と3人のU-18所属選手が絡んだ流れから、自ら奪ったPKを佐藤大樹が沈めて1点差に。これには安間監督も「途中から出したユースの子たちが、果敢に行って1点獲るところまで持ってきたのは大きいなと思います」と一定の評価を口に。若い力がチームにエネルギーをもたらしていく。
だが、ファイナルスコアは2-3。スタンドに1,300人を超える観衆を集めた『U-21 Jリーグ』のファーストマッチは、1点差での惜敗という結果となった。
試合後の会見で、U-21川崎Fの長橋康弘監督は、U-18時代に指導していた奥田の変化について、こんなことを話してくれた。
「ジュビロに来たことはだいぶ前に聞いてはいたのですが、私も彼と一緒にやらせてもらった時間がありますので、心配していたところもありました。ただ、ゲーム前に挨拶に来てくれた時には、かなり人間的にも成長したなということを感じましたし、凄くここから活躍しそうだなという感じを、私は個人的に受けたんですね。非常に嬉しい再会でしたし、彼には『頑張ってほしい』と伝えました」。
タイムアップからしばらくして、奥田はアウェイのゴール裏へと挨拶へ向かう。川崎Fのサポーターから送られたのは大きな拍手と“奥田コール”。本人はこの一連がメチャメチャ嬉しかったそうだ。
「自分がどう思われているかはわからないですし、『どういう感じになるのかな』というのは、凄くドキドキというか、ワクワクもしていました。でも、ああやってサポーターの方々が最後に僕の名前も呼んでくれましたし、凄く温かみを感じて、『やっぱりフロンターレはいいクラブだな』と思いました」。
2度目の“古巣対決”を経て、ここから目指すのはJリーグで出場機会を得ること。この日の試合にはトップチームの秋葉忠宏監督も視察に訪れており、今後のアピール次第では十分にその可能性が広がっていく。今後の抱負を語る奥田の言葉にも、自ずと力が入る。
「成長できている手応えは感じています。でも、まだまだ足りていないのが現状なので、もっともっと突き詰めてやっていきたいです。まだまだ十分なアピールはできていないですけど、僕のパッションというところは、絶対にこのままやっていけば伝わるなと感じているので、諦めることなく、1日1日を大切に頑張っていきたいなと思います」。
自分で選択した勝負は、自分で正解にしていくしかない。小柄な身体に、ほとばしるエネルギーと熱いパッションを詰め込んだ、サックスブルーのネクストヒーロー。奥田悠真は“挑戦”という名の障壁がそびえ立ついばらの道を、ただひたすら、一直線に突き進む。
(取材・文 土屋雅史)

