ブランドプロデューサー・柴田陽子氏

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"売り手市場"が続く就職活動の現場。初任給や福利厚生の充実を学生に向けて打ち出す企業は多いが、それだけでは若者の心をつかめなくなっているようだ。

 ローソンのPBブランド「Uchi Café SWEETS」など、数々の案件を手がけてきたブランドプロデューサー・柴田陽子氏が率いる柴田陽子事務所(通称シバジム)は、従業員30人ほどと小規模だが、"ハイスペック人材"が絶えず門を叩く組織として知られる。

 柴田氏いわく、若い世代は、"自分が共感できるものはどれか?"という基準で物事を選択しているようだ。

コーポレートブランディングで"推せる企業"に

 2026年7月で23期目を迎えたシバジム。直近では、美容ブランド「ReFa(リファ)」史上最大の旗艦店「ReFa GINZA(リファ ギンザ)」のブランドプロデュースを担当したことなどが話題になった。決して大きな事務所ではないが、オンライン説明会を開けば、「柴田さんと一緒に働きたい」と大勢の参加者が集まるという。

 柴田氏は、「この現象はシバジムだけに限った話ではありません」と語る。

「かつては"良いモノを作ってさえいれば売れる"という考え方が主流でしたが、良いモノが世の中にあふれている現代で、若い消費者たちは、"このブランドを応援したい、共感できる"といったような理由でお金の使い先を決めている。

 同じことは採用の現場でも言えます。"自分が共感できるものはどれか?"という基準で選択する人々にとっては、お給料の金額よりも、"どこで誰と何を成すか"のほうが重要になっている。だからこそ企業側は、経営理念などをあらためて言語化する必要が出てきています」(柴田氏、以下同)

 今どきの言葉で表現するなら、就活生にとって、"推せる企業"を目指せということか。そういった潮流の中で、シバジムでは近年、コーポレートブランディングに関する依頼が急増し、専門部署も立ち上げたという。当該部署では、プロジェクトチームへのインタビューやヒアリングを幾多も重ねクライアント企業の"らしさ"を突き詰めた後、ブランド全体の戦略を立案する。

 コーポレートブランディングとは、企業そのものをブランド化する取り組みだ。経営者らと対話を重ねるなかでミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を言語化し、魅力的なメッセージや施策で発信することにより、「ここの商品を買いたい」「サービスを受けたい」と社外にファンを増やすとともに、社内に向けても「この会社で働けてよかった」という誇りを育み、スタッフたちをファンにする。

 柴田氏によると「ファンをつける=万人に愛されるように振る舞う」とは限らないという。"自分たちは何者で、何を目指しているのか"を発信した結果、逆に離れていく人もいるかもしれない。しかし、同じ志を持った仲間が集まることで社内のムードは良くなり、その企業らしさも一層磨かれていくのだとか。

自社でもオリジナルの制度

 シバジム自体、会社説明会で「"ガチ勢"しか必要ない」と明言し、成長を重視するビジネスパーソン向けの職場だと事前に理解してもらっているという。その思想は、オリジナルの産休・育休制度にも反映されている。

「半年で復帰した場合、会社負担で、5年の間、1週間につき半日の有給休暇を付与しています。社員が仕事を1〜2年間休むというのは、うちのような小さな企業にとっては正直なかなか苦しいのが本音ですし、社員側も復帰後にブランクを埋めるまでが大変です。

 それよりは、復帰までは短いとしても、子供の自我が芽生える大切な時期に親子がゆっくり向き合える時間を週に半日でも増やしたほうが良いのではないかというのが私なりに考えた結論です。

 このような独自の制度も、企業が発信するひとつのメッセージとなります。企業側が自分たちらしさを言語化した上でそれを制度などの細部に至るまで反映させることが、求める人材獲得に繋がるとともに、働き手が入社後に生き生きと活躍できることにも繋がっていくのだと思います」

 伝えるべきメッセージを伝えるべき相手にまっすぐ届けるために、柴田氏は、決してありきたりな正解に流されず、ひとつひとつ自分たちなりの答えを導き出す。「世の中には"ひっかけ問題"がとても多いです」と指摘した。

「たとえばコロナ禍によって、リモートワークを推進し、オフィスを縮小することで経費削減する動きが広がった時に私は、"いやいや待てよ"と、これはひっかけ問題ではないかと。仕事って、本当に家でひとりぼっちで続けられるものなのかと、立ち止まり考えました。

 リモートワーク自体は導入するにしろ、むしろお金をかけて、わざわざ行きたくなる空間を用意するほうが良いのではないかと考え、世の中の動きに反して、シバジムはコロナ禍に本社を移転し、オフィス環境をより充実させました。結果的にそれで良かったと思っています。

 誰が何を言ってこようと、私の人生の責任を取るのは私だけ。特に経営者は自分の頭で考えて、信じた答えをひとつひとつ形にしていくことが大切です」

「これは道の真ん中か?」

 柴田氏のモットーとは、シバジムの掲げる哲学でもある「道の真ん中を歩こう」。初めて就職した会社を辞める際、社長に送られた「柴ちゃんは、晴れた日の道の真ん中を堂々と歩くような人生が似合うから、そんなふうに生きていきなさい」という言葉がずっと心に残っているという。

「世の中には"ひっかけ問題"が多いので、漫然と大多数と同じ行動を取っていたら、いつのまにか道の真ん中から外れてしまう可能性がある。ビジネスでも育児でも人生のいろいろな局面において、『これは道の真ん中か?』という問いを常に忘れない姿勢が、自分の頭で深く考える習慣に繋がっているのかもしれません」

 近年、ビジネスにおいて"言語化"は必須スキルとされており、重要性は高まっていく一方だ。言語化のプロである柴田氏にその能力を高める方法を聞いたところ、「自分のものになっていない言葉を使ってはいけない」との答えが返ってきた。

「恋とか愛とかなんとなく口に出してしまう言葉はいろいろありますが、いざ『具体的にどういう意味ですか?』と質問されると悩みますよね。それだと、自分のものにはなっていない。

 たとえば私は社員に厳しいですが(苦笑)、なぜ厳しく接するかといったら、"幸せ"になってほしいから。その"幸せ"の定義を突き詰めて考えたら、『自身が自立していることを前提に、応援してくれる味方の多い人生』という自分なりの結論が出ました。

 具体的な言葉に落とし込むことができると、その後の行動も変化するし、何より伝わり方が違う。自分のものになっている言葉と、なっていない言葉では、発したときのパワーが違いますから。ひとつひとつの言葉に興味を持ち、自分のものにしていくことが、言語化スキルの向上に繋がるはずです」

 ただ、"良い"だけでは、誰にも振り向いてもらえない時代。企業も個人も「自分は何者なのか」を問い続け、その答えを発信していく姿勢が、これまで以上に求められているようだ。

◆取材・文/原田イチボ(HEW)