「ブルーカラーが稼げる」は日本経済復活の兆し 日本がもう一度考えるべき“仕事の価値”とは
「ブルーカラーが稼げるらしい」――、そんなうわさを聞くことが多くなった。
AI時代が到来したことで、パソコンと向き合うデスクワークの一部が代替され、代わって“ブルーカラー”と呼ばれる現場の仕事への需要が高まっている。深刻な人手不足も相まって、職種によっては年収1000万円クラスも見込めるという。
その流れに乗るように、ブルーカラーに特化した新卒採用を強化する企業も増えている。若者にとっても、新たな選択肢の一つになりつつある。
若者が現場へ走る本当の理由 タクシーや建設現場で進む新卒直雇用と「新3K」が支えるブルーカラー特化型就職
一方で日本は近年、IT産業などで他国の後じんを拝していることから、「日本の衰退を象徴する動き」と見る向きもある。
だが、本当にそうなのだろうか。むしろ、この動きは日本が「仕事の価値」をもう一度考えるきっかけになるのではないか。
「失われた30年」で日本は何を生み出してきたのか
バブル崩壊後の1990年代以降、日本では賃金が長く伸び悩んだ。「働けば豊かになる」という実感も薄れ、いわゆる「失われた30年」と呼ばれる時代を過ごしてきた。
その間、海外ではITを中心とした新しい産業が急速に成長した。米国ではGoogle、Amazon、Apple、Microsoftなどの巨大企業が成長し、世界中で使われるサービスを次々と生み出した。
日本もITを無視していたわけではない。しかし、新しい技術をどう育てていくのかという課題を抱えていた。
その象徴の一つが、ファイル共有ソフト「Winny」をめぐる事件だ。Winnyを開発した金子勇氏は、著作権法違反ほう助の罪に問われ、2004年に逮捕された。一審では有罪判決を受けたものの、大阪高裁で逆転無罪となり、2011年には最高裁が上告を棄却。無罪が確定した。
この事件だけで日本のIT産業が伸び悩んだわけではない。ただ、新しい技術を社会にどう受け入れ、育てていくのかを考えさせられる出来事だった。
そうしている間にも、世界では新しい産業が次々と生まれた。一方、日本では人口減少や人手不足など、さまざまな問題が深刻になっている。
ここで考えたいのが、「どんな仕事が日本を支えるのか」ということだ。
「仕事の価値」が見えにくくなった時代
ITの発達によって、働き方も大きく変わった。
YouTubeやX(旧Twitter)、TikTokなどを使えば、個人でも情報やコンテンツを発信できる。多くの人に見られれば、そこから収入を得ることもできる。生成AIを使えば、文章や画像、動画を作ることも以前より簡単になった。
こうした技術によって、新しいサービスや働き方が生まれたことは間違いない。大きな設備や多くの人手を必要とせず、パソコンやスマートフォン一つで収入につなげられる仕事も増えた。
もちろん、それ自体が悪いことではない。ただ、そうした仕事が増える一方で、「その仕事によって、社会に何が生まれているのか」が見えにくくなった面もあるのではないだろうか。
例えば、「車を製造して店舗で販売する」仕事なら分かりやすい。
車を造れば、鉄鋼、半導体、タイヤなどの部品が必要になる。工場から店舗まで運ぶ人も必要だ。販売する人も、整備する人もいる。1台の車が生まれることで、多くの仕事が動く。
一方、車を売るための「広告最適化AI」といったサービスはどうだろう。もちろん、広告を効率化して車の販売につなげることには意味がある。ただ、広告をどれだけ最適化しても、車そのものが増えるわけではない。
これは、どちらの仕事が優れているという話ではない。ITによって業務を効率化したり、新しいサービスを生み出したりすることも、経済にとって重要な役割を果たしている。一方で、「IT」「SNS」「AI」などといった言葉は先進的なイメージを与える一方、その仕事が実際に社会にどのような価値を生み出しているのか、見えにくい側面もある。
会社として利益が出ていることと、日本全体に大きな経済効果を生んでいることも、必ずしも同じではない。だからこそ、「どれだけ稼げるか」だけではなく、「その仕事によって何が生まれるのか」という視点も必要なのではないだろうか。
日本が立ち返るべき「働くこと」の原点
だからこそ、今起きている「ブルーカラー回帰」は、日本が仕事の価値を見直すきっかけになるのではないか。
車を造る。家を建てる。道路を整備する。荷物を運ぶ。こうした仕事は、社会に必要なものを分かりやすく生み出している。車を1台造れば、部品メーカーや工場、物流、販売、整備など、多くの仕事が動く。
もちろん、ITにも社会に大きな価値を生み出す仕事はある。ただ、ITだから価値があるわけでも、ブルーカラーだから価値があるわけでもない。大切なのは、「その仕事によって何が生まれるのか」だ。
仕事の価値が見えにくくなった時代だからこそ、実際にモノを作り、社会を動かす仕事に人が戻ることには意味がある。
ブルーカラー回帰は、日本が「働いて、分かりやすく何かを生み出す」という仕事の原点を、もう一度見つめ直す動きなのかもしれない。
文/加藤聡 内外タイムス編集部

