【清水 芽々】「産後クライシス」で崩壊した夫婦…!”子育て丸投げ夫”に離婚を突き付けた妻、提示された「あり得ない条件」

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出産は妻だけでなく、夫にとっても人生の一大事。「子はかすがい」の言葉通り、子どもの誕生は夫婦の絆を深めてくれるものだ。だがなかには、逆に関係が悪化する夫婦も少なくなく、これは「産後クライシス」と呼ばれている。ホルモンバランスの乱れや慣れない育児によるストレスなど妻の事情に加え、夫婦のコミュニケーション不足などが要因として挙げられるが、こんな極端な例もある。

宮城県在住の佐藤文音さん(仮名・32歳)は5年前に第一子である賢人くん(仮名)を出産したが、同い年の夫・亮太さん(仮名)は赤ん坊のいる生活に耐えきれずに家を出て行った。

「賢人の泣き声がうるさいとか、自分の世話をしてくれないとか、家の中が散らかっていて落ち着かないといった理由です。賢人はふたりの子どもなんだから、むしろ家事や育児を手伝ってくれるべきなのに、亮太はすべてを私に丸投げにした挙句、いろいろなことに不満を募らせていました」(文音さん。以下、「」内は同)

前編記事『「性生活を夜泣きで邪魔されブチギレ」「インスタ映えのために子どもの写真を撮影」…!産後クライシスで崩壊した家庭、夫が繰り返したヤバすぎる行動』より続く。

妻の反撃が始まった!

亮太さんに愛想をつかした文音さんは、ひそかに自立の準備を始めた。

「亮太がアテにできないことはわかっていたので、私と賢人の将来を考えて仕事を始めようと思ったんです」

ここから文音さんの反撃が始まる。

「結婚前は調理師として有名なホテルで働いていたんですが、『休みが合わない』『俺より稼ぎが良いのが気に入らない』などと亮太に言われ、辞めさせられたんです。その後は知り合いのレストランでパートをしていました。メニューの開発を任されたりして、すごくやりがいがありました」

悪阻がひどかったため、レストラン(以下、A店)でのパートは辞めざるを得なかったものの、食への情熱を持ち続けていた文音さんは亮太さんとの別居後に猛勉強を始めた。フードコーディネーター、野菜ソムリエ、食育アドバイザーなど、いくつもの資格を取得。さらにA店のオーナーから店を譲り受けることにもなった。

「A店は母の友人がオーナーシェフをやっているお店で、子どもの頃から家族で利用していました。料理のこだわりが強く、私が調理師を目指したのも、このお店の影響が大きかったんです」

高齢を理由に店をたたもうと思っていたオーナー夫妻が文音さんの知識と経験、何よりもその人柄を見込んで白羽の矢を立てたわけである。

「亮太には隠していました。SNSに載せる映え写真と自分の楽しみにしか興味がない人だったので、バレることはありませんでした」

夫に離婚を切り出すと…

別居して3年。晴れて文音さんはA店のオーナーとなる。

「このタイミングで亮太に離婚を切り出しました。私や賢人に関しての愛情や関心はとっくになくなっていたので、特に抵抗はしませんでしたが、いくつか条件は出してきました」

その条件は、

・財産分与はなし。

・賢人の親権は文音。

・養育費の金額や支払い期限については後日検討。

・賢人とは月1回程度会わせること。

という身勝手極まりないものだったが、文音さんは最後のひとつ以外快諾している。

「分与するような財産はもともとありませんし、賢人の親権については言うまでもありません。養育費も最初から期待していませんし、逆に養育費をもらうことで賢人との交流を求められたら厄介だと思ったので好都合でした」

亮太さんの目的が賢人くんとの写真をSNSに載せることだとわかっていた文音さんは、断固として面会を拒否したのである。

文音さんは、「家庭裁判所に訴えたり、弁護士を雇ったりすれば面会権は得られるかもよ?」と挑発したが、亮太さんは「面倒臭そう」とスルー。数日後には育児アカウントも消したそうだ。

離婚から1年、夫から連絡が…

その後、亮太さんの存在を忘れ、レストラン経営に勤しんでいた文音さん。彼女のもとに亮太さんから連絡が来るようになったのは、離婚から1年もたたない時だった。

「『元気?』『賢人はどうしてる?』といったやりとりの後、唐突に『もう一度一緒に暮らさないか?』と言ってきました」

最初は亮太さんの意図がわからなかった文音さんだが、やりとりをするうちに察することができたという。

「亮太の妹夫婦が実家に住むことになったみたいなんです。亮太の両親は息子にも甘いですけど、娘のことはさらに溺愛しています。『妹夫婦に部屋を取られた』とか『親が妹夫婦ばかり可愛がる』とか、さんざん愚痴ってました」

そんな亮太さんを文音さんが相手にするはずもなく、文音さんは亮太さんのラインをブロックし、着信も拒否している。

「実は今、母の実家がある栃木で新たにレストランをオープンさせる話が進んでいるんです。調理師学校時代の仲間の紹介なのですが、環境も良いのでこっちに生活拠点を移してもいいかなって思っています」

そうなれば、さらに亮太さんとは疎遠になるだろう。

文音さんは晴れ晴れとした表情でこう語る。

「子どもを産んですぐ夫に見捨てられましたけど、〈捨てる神あれば拾う神あり〉という言葉通り、知人や友人に助けられて結果的にやりたいことができるようになりました。賢人はこのまま片親で育つことになると思いますが、父親は最初からいないようなものでしたし、賢人も父親を必要としていないので何の問題もありません」

「賢人君の存在があったから頑張れたんだと思います」と、孤軍奮闘した3年間を振り返った文音さん。その生き生きとした様子に、筆者の頭には「母は強し」の言葉がよぎるのだった。

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