粟島の生活

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透き通る青い海。深緑色の木々。県北部の日本海に浮かぶ周囲23kmの『粟島』です。

人口は約300人。夏はお盆を中心に多くの観光客が訪れます。繁忙期を支えるのは〝若い力〟です。

民宿を手伝う宮城県の大学4年生・木口真唯さん。粟島浦村が取り組む『ふるさとワーキングホリデー』を利用して9日間滞在します。この制度は、働く体験を通して粟島のファンになってもらい移住などにつなげる狙いがあります。木口さんは2025年に続き2回目の参加です。

■宮城県の大学4年生 木口 真唯子さん
「これから灯台に向かいます。歩いて往復2時間です。」

深い緑と青い海を眺めながら、車がほとんど通らない島唯一の県道を歩きます。灯台の入り口からは急な階段が続きます。登り始めて20分、粟島灯台です。

■宮城県の大学4年生 木口 真唯子さん
「佐渡島が薄っすら見えるところと山の頂上なので、緑がだんだん淡くなり青色に続く景色が好き。」

木口さんが働く民宿『源左エ門』。漁師でもある渡辺文良さんと妻・ディナさん、高齢の両親が家族で経営しています。島に2つある集落の西側・釜谷(かまや)地区にあります。夕食は、魚料理がメインの粟島のご馳走です。高校生のアルバイトと配膳します。タイやソイの白身魚やアオリイカが並びます。

埼玉県から家族が訪れていました。

■埼玉から
「お刺身は何ですか。」

■宮城県の大学4年生 木口 真唯子さん
「ヒラマサという魚で、高級魚だとおばあちゃんが言っていた。どの魚を食べてもおいしい。」

■埼玉から
「島全体が静かで、他の島とは違う空気感があって素敵。」
「子どもたちが海に入って生き物がたくさんいて、半日しかいないが充実している。」

午後6時半、夕日で島がオレンジ色に染まりました。

翌日の朝、伝統行事『七夕様』の準備です。ヨシを使って船を作ります。島民の若者に作り方を教えながら作業を進めます。2時間ほどで『七夕丸』が完成しました。『七夕丸』にスゲで作った馬をつるします。

■島民
「これは馬、お盆にご先祖様にこの馬に乗って帰ってきてという意味。」

黄色・赤・青の飾りは、馬の服だといいます。午後5時半、漁船に『七夕丸』を載せて沖に向かいます。潮の流れに乗せてご先祖様を迎えます。

『七夕丸』を流した沖合は粟島屈指の漁場です。8月は漁が少ない時期ですが、民宿で使う魚を求めて沖に出ます。この日は、イシダイと高級魚のキジハタがとれました。

みやげ屋『きんべい』前のベンチは、島民の情報交換の場。木口さんの姿もあります。きんべいさんのアイデアで『粟島へ行きタイ』という名前の菓子の土産ができた話を聞きました。

■宮城県の大学4年生 木口 真唯子さん
「町のためにとか島のために意欲的に行動するおばあちゃんがかっこいい。昔ながらの日本ローカルな感じがいい。」

夏は活気のある粟島ですが、民宿が激減しています。

■民宿「源左エ門」主人 渡辺文良さん
「どんどん(民宿が)減っている60軒くらいあったと思うが、今は何軒でしたっけ。」

1983年をピークに現在は19軒まで減りました。『源左エ門』のある釜谷地区は7軒が営業しています。

■民宿「源左エ門」主人 渡辺文良さん
「しょうがない、高齢化だから。維持するためには外から人が来ないと増える要素がない。」

島の自然と暮らしに触れた木口さんが感じたことがあります。

■宮城県の大学4年生 木口 真唯子さん
「仕方がないで終わらせないでこういう状況でも何かしようと行動することが、ちょっとずつプラスに動いてくる。現状維持ではなくて、常に考えて行動を続けることが大事。」

ひとつの家族のように暮らす島民の人柄が大好きになった木口さん。『粟島』は、帰りたくなる第二のふるさとになりました。