どこか憎めない遠藤太津朗

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第42回は悪役でならした遠藤太津朗(えんどう・たつお=1928〜2012)だ。個性的な風貌からにじみ出る欲深い悪徳商人や、どこか憎めない敵役の岡っ引き、さらに現代劇でも活躍。はたして、稀代の名脇役の素顔とは?

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 この夏、亀梨和也が主演する新作の「銭形平次」(NHK)が話題だ。神田明神下の岡っ引き・平次のライバルといえば、三輪の万七親分。昭和の名優・大川橋蔵が1966年から84年まで主演したフジテレビの「銭形平次」で、長らく万七役を演じたのが遠藤太津朗だった。

 1928年に京都で生まれた遠藤は、地元の劇団に入ったことから演劇への道を歩み始め、59年に大阪テレビ(現・朝日放送)で始まった長寿番組「部長刑事」で注目され活躍の場を広げた。万七役は第53話より初代の藤尾純から引き継ぎ、第888話の最終話まで務めた。

どこか憎めない遠藤太津朗

 万七は颯爽と事件現場に現れて推理力を発揮する平次への対抗心を露わにして出し抜こうとする。あやしいと思えば「手柄はもらったぜ」と証拠不十分でも捕まえたりする。そのくせピンチになると平次を「銭形の、助けてくれ」と頼るので、毎回、楽しみに見ていた私も、万七は「困ったおじさん」というイメージを持っていた。

 その後、栗塚旭・主演「新選組血風録」(1965〜66年・NET)の再放送で芹沢鴨を演じる姿を見て印象が変わった。欲深く傲慢で傍若無人に振る舞う鴨は、土方(栗塚)らの明らかな敵役。当時、新選組について知識がなく、芹澤鴨という人物を初めて見たお子様の私は、こんな「ギラギラおじさん」の名前が鴨って!とてっきり架空の悪役だと思っていたが、後に実在だと知って愕然とした。なお、このギラギラ鴨は好評で、遠藤は鶴田浩二が近藤勇役で主演した「新選組」(1973年・フジテレビ)でも芹澤鴨を演じている。

藤田まこととの縁

 この他、映画では「座頭市」シリーズ、ドラマではTBSの「水戸黄門」「大岡越前」、テレビ朝日の「暴れん坊将軍」「遠山の金さん」、日本テレビの「桃太郎侍」「長七郎江戸日記」などで地回りの親分や悪徳商人、悪代官などを演じてきた。

 びっくりしたのは「水戸黄門」第35部(2005〜06年)。四国へと旅立った御老公(里見浩太朗)一行を狙う黒幕「闇の布袋」だった。闇の布袋は豊臣家ゆかりの海賊の流れを汲み、徳川幕府の転覆を狙う百歳を超える怪人だ。口はへの字で目つきは悪い。「ヒヒヒッ」と不気味に笑いながら悪だくみをする。布袋は第1話から第9話まで登場した。

 闇の布袋も含め時代劇の遠藤太津朗は、どこか憎みきれないコミカルなクセの強い人物や悪役が多い。

 その持ち味がよく出ていたのが「新・必殺仕事人」(朝日放送)の第40話「主水ケチに感心する」(1982年)だ。「損」と聞いただけで引き付けを起こす“ケチ兵衛”こと金貸しの吉兵衛(遠藤)は、娘にも嫌われる金の亡者。タダで用心棒をするという剣客・藤巻(内田勝正)を「なんちゅうてもタダでっせ!!」と喜んで雇うが、藤巻らは悪党だった。中村主水(藤田まこと)や加代(鮎川いずみ)も呆れるケチっぷりは名人芸といえる。

 藤田まこととの縁は続き、「藤田まことの丹下左膳4 彷徨う丑三つの花嫁 江戸城に渦巻く大陰謀」(テレ朝)では、名セリフ「姓は丹下、名は左膳!」とともに、「俺には嫌いなものがある。一つは弱いものいじめ、二つは女を泣かすやつ、三つは偉そうにふんぞり返ったやつ」と怒りをぶちまける左膳を前に「山吹色の肴で飲む酒はまた格別」などと腹黒演技を見せた。

 現代ドラマでも土曜ワイド劇場「京都殺人案内」シリーズ(朝日放送)で、地道に捜査をする主人公の音川音二郎警部補(藤田)の上司・秋川捜査第一課長(遠藤)との笑えるやりとりは名物場面になっている。

 長年、希望したインタビューが実現したのは、2000年代になってから。場所は大阪新歌舞伎座の楽屋だった。

涙を浮かべて

 にこにこと穏やかな笑顔で迎えられ、語られたのは、これまで出会ったスターたちへの感謝の言葉だった。

 映画では勝新太郎。「『座頭市』の現場は活気があった。自分にはいまひとつ個性がないと思っていましたが、この現場ではいろんなアイデアが出るから、思った以上に個性を引き出してもらえたのはありがたかったですよ」

「銭形平次」の大川橋蔵については「とても凝り性で、とにかく“役者は役者として生きなければいけない”と教わりました。ドラマを休まず続けながら舞台公演もして、すごく忙しかったはずなのに芝居の外でも親分肌で、食事会に呼んでもらったりしましたね。ドラマの中では平次より僕のほうが威張っていますけど、外では逆ですよ(笑)。いろいろ相談にも乗ってもらいました。橋蔵さんは『銭形平次』が終わって1年もしないうちに亡くなった。まだ50代でした。残念でしたね……」

 平次を盛り立てるドジだが愛嬌のあるライバルを目指し、舟木一夫が歌う主題歌の歌詞をもじって「♪花のお江戸の厄介者よ〜」などと歌っていたらしい。

 藤田まことは共に関西をベースに仕事をしてきた関係で付き合いは古く、「『てなもんや三度笠』の映画(1967年)にも出してもらってます。『必殺』は何度も呼んでもらいましたけど、寒くても暑くても夜遅くまで撮影したもんですわ。それをずっと続けてきたんだからたいした人です。今はお互いに年とって、とてもそんなにはできまへん(笑)。共にいろんな仕事をしてきた、一番わかりあっている仲間ですね」

 映画やドラマに出始めた頃は生活も大変で、お金に困ると主役俳優に仕事を紹介してもらうことも多かったという。当時の苦労を思い出したのか、少し涙ぐまれて私はドキドキしたが、「自分は人に助けられた」と最後は闇ではない本来の布袋の笑顔だった。この人情味が、役柄にもにじみ出ていたのだ。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮編集部