厳しい暑さをしのぐ冷却グッズの一つがハンディファンだ。2016年、雑貨店や家電メーカーに先駆けて携帯型ファンを発売したのが、埼玉の老舗時計メーカー「リズム」。きっかけは何だったのか。リズム商品開発部の藤井秀紀氏、営業本部販売企画部の横田健英氏に取材した――。

■韓国アイドルをきっかけに市場が急拡大

夏の必需品として定着したハンディファン。街中や電車内でその姿を見ない日はない。

日本でハンディファンが一気に広まった背景には、韓国アイドルの存在がある。韓国アイドル自身や、彼らを追いかけるファンが手にしていたことをきっかけに認知が広がり、フランフランをはじめとする雑貨店の製品が女子高生を中心に広く売れ、市場は一気に拡大した。

ただし、ハンディファンはこの波に乗った各社が先駆けというわけではない。最初にハンディファン(当初はモバイルファン)を作り上げたのは、埼玉県さいたま市に本社を置くメーカー、リズム株式会社だ。

■「USB商品」の企画依頼が舞い込んだ

同社は1950年に設立された老舗のクロックメーカーで、現在は空調機器やモビリティ向け部品、電動自転車のバッテリーなどに使用される接続端子など、生活の見えない部分を支える精密部品の製造や精密加工を手掛けている。このクロックで培った技術こそ、後にハンディファンを生み出す土台となる。

ハンディファンの開発を担った藤井氏と横田氏は、元々OEM向けの製品を作る部署に所属していた。取引先のお題に応じて企画・設計・見積もりまでを担う、社内の小さな会社のようなチームだったという。

「藤井が設計・量産立ち上げで、僕が当時、製品企画・デザインを主に担当。ふたりで年間80件以上のOEM案件を受けていました。10年ぐらいコンビでした。ハンディファンの元となるUSBデスクファンはそのOEM受託から始まりました」(横田さん)

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左がリズム株式会社 商品開発部 藤井秀紀さん、右が営業本部 販売企画部 横田健英さん - 著者撮影

ハンディファン誕生のきっかけとなったのが2012年、取引先の大手生活雑貨ブランドからの企画依頼だった。期限はわずか1週間しかないなかで「USBを使ったアイデアで提案してほしい」という依頼が舞い込んだ。そこで2人は約30種類ものアイデアを形にして、提案書、スケッチ、モップアップをまとめていった。その中にあったのがUSBの卓上ファンだった。

■船のスクリューの2重反転ファンに着目

「すでにそういう製品があるのは知っていました。ただ、それらはUSB給電のため風量が弱かったので強くできたらいいなと考えました」(藤井氏)

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USBデスクファンの誕生のきっかけとなった鳩時計のモーター部 - 著者撮影

そのとき、藤井氏のデスクの上にあったのが、OEM向けに製造していた鳩時計に使う小型モーターだった。「これにファンを付ければいいんじゃないか?」とひらめいた。しかし、ただファンを付けただけではパワー不足なのは同じだ。クロックメーカーのリズムにはファンのノウハウはなかったが、限られた時間の中でさまざまなファンを研究。そんな中で船のスクリューについている2重反転ファンを見つけた。

「タイトなスケジュールだったので、単一のファンだと風が弱すぎるからやめようって言っていました。あるとき、藤井から手持ちで2重反転ファンの風を向けられたらすごく風が強くて、これはやべえぞって思いました」(横田さん)

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「こんなふうに強い風を当てられて驚きました」と当時の様子を語る横田さん。藤井さんによると「2つの羽根の距離が難しい」そうだ - 著者撮影

USB給電では5V0.5A、つまり2.5Wでファンを回すことになる。通常の扇風機なら40〜50Wの電力を使うため、パワー不足は当然だ。しかし、2重反転ファンなら十分な風量が作れることがわかった。

■ペン立てを改造して試作機を完成

モーターと同様にデスクにあったメッシュのペン立てをカットして試作機を作り上げ提案した。しかし、その時点ではクライアントの担当者は乗り気ではなかったそうだ。しかし、担当者が持ち帰った試作機を上司がデスク前を通りがかったときに偶然見かけて、「これはいける!」と直感でGOサインを出したという。これでUSBファンの製品化が動き出した。

そうして企画・製造したUSBデスクファンはOEM先の雑貨ブランドでヒット。数カ月遅れて発売した自社ブランドの「Silky Wind」も好調な売れ行きを記録した。

USBデスクファンが成功したことで、次のアイデアが出てきた。それが2016年に発売した携帯型のハンディファン「モバイルうちわ」だ。当時はまだバッテリーが搭載できず、電源には単3乾電池3本を採用していた。

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これまでに発売したハンディファンとデスクファン。左奥が2012年に発売した最初のUSBデスクファンの「Silky Wind」。その手前が「モバイルうちわ」だ - 著者撮影

しかし、これには苦戦した。USBデスクファンを納めた大手生活雑貨ブランドにも提案したが断られ、製品化前の2015年には展示会にも出展したがOEM先が見つかることもなく、反応は芳しくなかったという。一方で、中国・韓国のメーカーや工場からの来場者が足を止めて見て行ったそうだ。雑貨量販店など数社に声をかけてなんとか製造にこぎつけた。

■「モバイルうちわ」は苦戦続きだったが…

「当時は『こんなの誰が持ち歩くんだ』という反応。扇風機を持ち歩く意味がわからない、という感じで社内からも支持が得られませんでした。なのでデスクファンの10分の1ぐらいの数の注文をなんとか集めたぐらいでした。そんな状況だったので、しっかり調べたワケではありませんが、手持ちできるサイズの扇風機というジャンルの製品は、うちの製品が最初だったと思います」(横田さん)

その後、海外市場から火が付き、日本市場でもフランフランなどが2018年にハンディファンを販売し始め、若い女性を中心に広がっていった。

リズムでもバッテリーを採用したハンディファンの開発を継続。転機となったのが2019年に発売した「Silky Wind Mobile」だ。2重反転ファン、カラビナ、リチウムイオン電池という3つの要素を組み合わせ、屋外での携帯性と持続力を両立させた。

カラビナは初期モデルから一貫して採用してきた装備で、邪魔になる瞬間にサッとバッグなどにかけて手放せるように搭載した。その後、卓上型なども経ながらシリーズは着実に完成度を高めていく。

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これまでに試作したファンの山。初期のモデルは職人による削り出しで1つ10万円かかったという - 著者撮影

■第4世代は計16枚の羽根で風量108%に

2022年発売の「Silky Wind Mobile 3」は猛暑と重なって早期に完売するヒットとなり、シリーズの存在感を確立した。首の部分が大きく曲がることで卓上に置いても使えるようになるなど、3Wayでの使い勝手を実現している。

2026年に発売したのが、第4世代となる「Silky Wind Mobile 4」だ。ファンの形状を全面的にリニューアルし、風を一点に集中させる従来の方式から、顔全体の広い範囲に風が届く方式へと進化した。

写真提供=リズム
リズムの最新ハンディファン「Silky Wind Mobile 4」(公式サイト価格3278円) - 写真提供=リズム

後方の羽根は5枚から7枚、前方の羽根は7枚から9枚に増え、角度やサイズも見直されている。この結果、風量は従来モデル比108%に向上した。

写真提供=リズム
Silky Wind Mobile 4ではファンの形状を見直したことで、風の幅が広くなり、手持ちで顔全体に風を当てられるようになった - 写真提供=リズム

「Silky Wind Mobileシリーズは風量がしっかりしているという基本性能で選ばれていると考えています。我々はユーザーに涼を届けたいと思って開発しています。だから、単に2重反転ファンを模倣してもうちの製品は超えられません。細かい所でいくつか特許も押さえています」(藤井さん)

■バッテリーの安全性は?

内蔵しているリチウムイオンバッテリーの安全性にもこだわっており、NITE(製品評価技術基盤機構)の指標をクリアする特注バッテリーを初期モデルから採用しているそうだ。

現在、リズムではハンディファンで培った2重反転ファンのノウハウを活かし、事業の横展開を進めている。それがファン技術を活用できる大型家電市場への進出だ。夏場だけでなく一年中使える製品として、ファン技術を応用したサーキュレーターや加湿器、空気清浄機などを生み出している。

2重反転ファンを採用した空気清浄機「Silky Wind Clean」(公式サイト価格4万464円)

ハンディファンの販売台数に関して正式な統計データなどはないそうだが、カラーバリエーションを含めた単一ブランドでの販売台数はおそらく一番だと藤井さんは語る。

「ハンディファンを持つ文化を日本に持って来たのはフランフランさんだと思います。私たちが最初に作ったときは、どうやって売っていいかわからない状態でした。その後、色んなメーカーさんみんなでいっしょにやったので市場が広がったと思っています」(藤井さん)

■利益率より「涼しさ」を優先した結果

当初は、限られた工場のラインで手作りのように作っていたファン製品だが、現在では成形、組み立てだけでなく、基幹部品であるモーターの自社製造にも取り組み、工場では一年中、自動組み立てラインが稼働するまでになった。

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これまでのSilky Wind Mobile シリーズ。左から2020年発売の「Silky Wind Mobile 2.0」、2022年発売のSilky Wind Mobile 3」、24年発売のSilky Wind Mobile 3.2」、そして26年の「Silky Wind Mobile 4」。製品を進化させながらファン事業も拡大していった - 筆者撮影

横田さんは「ファンもモーターも2つ搭載しているので利益率は低いんですよ」と苦笑するが、そうして培われた基本性能の高さや信頼性によって、Silky Wind Mobileシリーズが人気になり、さらに大型家電市場への参入に繋がっている。

リズムは、時計メーカーとして始まり、時計づくりで磨いた精密加工の技術によって、現在はBtoB向けの部品製造が売り上げの約8割を占めるが、ハンディファンの成功により、コンシューマ向けの空調事業の売り上げが伸びている。ふたりで作り出した小さなハンディファンが、新たな事業の柱としての期待を集めているのだ。

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コヤマ タカヒロ(こやま・たかひろ)
デジタル&家電ライター
1973年生まれのデジタル&家電ライター。家電総合研究所「カデスタ」を主宰。大学在学中にファッション誌でライターデビューしてから約30年以上、パソコンやデジタルガジェット、生活家電を専門分野として情報を発信。家電のテストと撮影のための空間「コヤマキッチン」も構える。企業の製品開発やPR戦略、人材育成に関するコンサルティング業務も務める。
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(デジタル&家電ライター コヤマ タカヒロ)