三津田信三さん「囁く逆婿」インタビュー ホラーとミステリを融合し、過去を超え続ける

ホラー映画などのコレクションの前に立つ三津田信三さん=本人提供
ホラーとミステリを融合させた「刀城言耶(とうじょう・げんや)」シリーズなどで高い人気を誇る三津田信三さん。最新作『囁く逆婿(さかむこ) 怪民研に於ける記録と推理』(KADOKAWA)は、大学生の瞳星愛(とうしょう・あい)と名探偵の助手・天弓馬人(てんきゅう・まひと)が、奇怪な事件の謎を解き明かしていく「怪異民俗学研究室(怪民研)」シリーズの第3弾。旧家で執り行われた婚礼の儀式のさなか、惨劇が巻き起こり……。デビュー25周年記念作にして50冊目の単著にあたる同作について、三津田さんにインタビューしました。(文=朝宮運河)
奈良県出身。出版社勤務を経て、2001年『ホラー作家の棲む家』でデビュー。10年『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞を受賞。ホラーとミステリを融合させた代表作「刀城言耶」シリーズをはじめとして、「家」シリーズ、「死相学探偵」シリーズ、「幽霊屋敷」シリーズ、「物理波矢多」シリーズなど多くの著作がある。
昭和30年代の地方を舞台にした理由――2023年にスタートした「怪民研」シリーズ。待望の第3弾『囁く逆婿 怪民研に於ける記録と推理』が刊行されました。シリーズ前作『寿ぐ嫁首』と対になるようなタイトルですが、そこは意識されましたか。
結果的にそうなっただけで、「嫁」「婿」と揃えるつもりはありませんでした。今回まず書きたかったのは作中で起こる事件。読んでいただくと分かりますが、かなり特殊なことをやっている。あれを前々から書きたいと願っていたのですが、必然性のあるシチュエーションが思い浮かばなかった。それを考えついたのは、『寿ぐ嫁首』を書いている最中。で、死者の婚姻儀礼という状況なら、あの事件を成立させられると閃いたわけです。
――大学生の瞳星愛は後輩に頼まれ、地方の旧家で執り行われる死者の婚姻儀礼に出席することになります。未婚の男女を死後結婚させる〈冥婚〉と呼ばれる風習は、中国や台湾、韓国に実在するものですね。
東アジアでは広く行われている風習ですが、日本に伝わってきたのは意外に遅くて、1920年代から40年代になります。ただ、作中で天弓馬人が言っているように、この分野の研究は遅れていて、よく分かっていないところがある。もっと前の時代の事例も、実は発見されています。今なら「ムカサリ絵馬」と言ってもある程度は通用しますが、作中の時代には存在しない言葉なので、そういう点も気を遣いながら書く必要がありました。
――「怪民研」シリーズは毎回、民俗学的な題材を扱っていますね。
そこが毎回大変なところです。「刀城言耶」シリーズでも「怪民研」シリーズでも民俗学的な題材を扱っているし、独立した怪奇短編でも取りあげている。大抵のネタは使ってしまったので、まだ書いていないものを見つけ出して、場合によっては、それを参考に新たな仕来りなどを創造する必要もある。なかなか一苦労です。
――「怪民研」シリーズの作中時間は、「刀城言耶」シリーズと同じく昭和30年代。民俗学的な事件を扱うには、このくらいの時代が適しているのでしょうか。
そのあたりがぎりぎりでしょうか。昭和30年代後半になって、初めて電気がついたという村がある。高度成長期で都会はどんどん賑やかになっていましたが、田舎にはまだ古い暮らしが残っていた時代です。昭和20年代の田舎は、横溝正史の「金田一耕助」もののイメージが強いので、それと差別化するうえでもこの時代がいいわけです。
三津田信三『囁く逆婿』(KADOKAWA)
過去に書かれたミステリをいかに超えられるか――探偵役を務めるのは、名探偵・刀城言耶の助手である天弓馬人。博識ながら大の怖がりである馬人と、霊感大学生の瞳のユーモラスなかけ合いもシリーズの魅力です。
天弓馬人は怖がりだから、怪異としか思えない謎を一刻も早く解こうとする。この設定はなかなかうまい思いつきでした。そもそもこのシリーズは、某レーベルから依頼されて考えました。若い読者が気軽に読めて、「刀城言耶」シリーズにも興味を持ってもらえる。それがコンセプトだったわけです。結局その企画は実現しませんでしたが、後日KADOKAWAから新たなキャラもののシリーズを依頼されて、この設定の再利用を思いつきました。もちろん、そのまま使うのではなく、ちゃんとKADOKAWAの読者に対するサービスも入れたつもりです。
――『囁く逆婿』では〈霊婚〉の儀式の最中、恐ろしい事件が発生。事件もですが、それを引き起こした動機がまた異様なものですね。
こういう設定の事件を書きたくて、それで死者の結婚を思いついたわけですが、次に必要になるのが事件を起こす必然性と動機です。どちらも死者の結婚に相応しいものを考えたつもりですが、さてどうでしょうか。
――首のない死体の謎を扱っているという点では、「刀城言耶」シリーズの名作『首無の如き祟るもの』を連想させる部分もあります。
怪民研シリーズでは毎回「刀城言耶」シリーズの要素を少しでも入れるようにしています。これは拙作の愛読者に対するサービスでもありますが、同時に自作も含めて先人たちの作品といかに違ったことをするか、という挑戦でもあるわけです。『寿ぐ嫁首』では『山魔の如き嗤うもの』の見立て殺人に対して、本書では『首無の如き祟るもの』の首無殺人に対して、それぞれ別の見方を提示しています。江戸川乱歩の時代からすでに、探偵小説のトリックは出尽くしたと言われている。でも廃れることなく続いているじゃないですか。完全に新しい原理を発明するのは難しくても、新しいバリエーションを生み出すことはできる。すべて作家の努力次第でなんとかなる。今のところ毎回、どうにかなっています(笑)。
――三津田作品といえば、巻末ぎりぎりくり返されるどんでん返しも特徴。今回も最後の最後に、ぞっと背筋が凍るようなオチが待ち受けています。
杉江松恋さん(書評家)は、三津田信三のミステリは残りページがあとわずかになっても事件が解決しない、読んでいて心配になるって、よく言っています(笑)。これは僕が読者だった頃の読書体験からきていて、真相が明かされてもまだページ数が残っていると、どんでん返しを期待してしまう。ところがそういう要素が少しもなくて、ただキャラクターの和気藹々としたシーンが何十ページも続いて終わる。すると僕は読者として、かなりの不満を覚えるわけです。だから自分は「これ以上はもうない」というページぎりぎりまで、ホラーとしての終わり、ミステリとしての終わり、これにこだわるようにしています。
――あんこがしっぽまで詰まった鯛焼きのようですね。
そうそう。やっぱり娯楽小説で大事なのはサービス精神だと思いますよ。どれだけ読者を楽しませられるか。もうひとつ大事なものがあるとすれば教養です。イギリスの古典的なミステリは教養小説の側面もありました。拙作は蘊蓄がうっとうしいという人もいるみたいですけど、知識や教養は大切です。それが内容と合致している必要が、もちろんありますけれど。小説や映画のタイトルをよく登場させるのも、そういう意味合いが強いですね。
――シリーズ開始以来、順調なペースで刊行されている「怪民研」ですが、今後の展開は。
次の4冊目で完結する予定です。シリーズ開始時に大学1回生だった瞳星愛が、3冊目の『囁く逆婿』では3回生になった。4回生になるタイミングで終わらせるのが、区切りがいいいでしょう。シリーズものは始めたからには、きちんと終わらせるべきだというのが僕の考えです。最終巻についてはまだ何のアイデアもないのですが、卒業の年だし瞳星愛が卒論の調査でどこかに行く、という話がいいかもしれない。
デビュー当時はマニアック、プロ意識が薄かった――三津田さんは今年デビュー25周年、『囁く逆婿』がちょうど50冊目の単著となりました。同書のあとがきでは「二十五年の間、ずっとホラーミステリ作家として作品を発表し続けてきたのだから、我が事ながら少し感心している」とふり返っておられますが。
こういう作風で作家を続けてこられたのは、読者の皆さんのおかげで感謝しています。ホラーミステリ作家としてデビューして良かったなと思うのは、ミステリを書くのが辛くなったらホラーに、ホラーがしんどくなったらミステリに、作家としての軸足を変えられることです。どちらかだけの専門作家だったら、毎回同じ傾向のものを求められてきつく、とっくに書けなくなっていたでしょうかもしれません。
――デビュー作『ホラー作家の棲む家』(文庫化タイトル『忌館 ホラー作家の棲む家』)がそもそもホラーとミステリを融合させた、しかも実話テイストのある異色作でしたね。デビューの経緯をあらためて。
当時は編集者をしながら趣味で小説を書いていたので、良くも悪くもマニアックでした。怪奇小説、探偵小説、怪談。この三つをテーマにした3部作を書こうと考えて、最初に書いたのが『ホラー作家の棲む家』です。講談社と縁ができて、原稿を読んでもらったら出したいというのでデビューしたのですが、無名の作家のデビュー作で、ホラーで、メタフィクションで、しかもミステリのレーベルから出している。見事に売れる要素がない(笑)。プロとしてやっていくという気持ちが、まだなかったんでしょうね。
――私は『ホラー作家の棲む家』をリアルタイムで読んでいます。この方は根っからホラーがお好きなんだな、という印象を受けました。
読んでくれたのは同じような趣味のマニアだけかもしれません。3部作を書き上げた後に、これは作家としてまずいのではないかと遅まきながら気がついた。それで勤めていた会社がなくなったこともあって、作家として本気で頑張ってみようと決意した。幸い貯金も少しありましたから。それで1年半くらいの間に習作を4000枚くらい書いて、自分には何が書けるのかを探りました。本格ミステリも書いたし、ホラーもサスペンスも書きました。そうして生まれたのが「刀城言耶」シリーズでした。
世界観を作り込み、ホラーファンも納得させる――「刀城言耶」シリーズの第1作『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』は2006年刊行。ホラーとミステリを融合させた画期的な長編です。
読者には何が受けるのか、自分は何を書きたいのか、当時真剣に考えました。その結果浮かんできたのが、横溝正史的な世界。やっぱり日本のミステリ読者は『獄門島』や『犬神家の一族』のような世界観が好きなわけです。一方で自分が書きたいもの、興味があるものは民俗学だった。その二つを組み合わせたうえで、さらに先人が誰もやっていない試みとして、ホラーとミステリの融合に挑みました。両者の融合は、過去にも試みられています。でも一人の作家に一作くらいで、あくまで例外なんですよ。それをシリーズものでやったら、絶対に新しいはずだと考えました。
――ミステリファンの側から、ホラー要素を混ぜるなという声はありませんでしたか。
そういう声は絶対に出ると思いました。そこでミステリファンを納得させられるだけの意外な真相、トリック、どんでん返しを詰め込みました。もうひとつ懸念があったのは、合理的な結末をつけるとホラーの要素が霧散してしまうこと。それを避けるためにはホラー的な世界観を徹底的に作り上げて、徹底的に怖く描写する。怪奇な世界観が作り込まれていれば、謎が解かれてもホラーファンは落胆しないはず。そう計算しました。
――『囁く逆嫁』の巻末リストを見ると、三津田さんのホラーミステリは世界各国で翻訳されていますね。
翻訳書は100冊を超えました。ただ英語圏での翻訳はまだなくて、アジア諸国が多いです。アジアはホラー映画も盛んですし、文化的にも日本と似ている部分があるので、拙作で書いている世界が伝わりやすいのでしょう。ただし国によって受ける作品は違います。中国だと「刀城言耶」シリーズが人気で、特に『首無の如き祟るもの』が圧倒的に評判です。これまでに二度も、映画化の話がきています。韓国では拙作のミステリよりもサスペンスやホラーの方が受けています。『七人の鬼ごっこ』『怪談のテープ起こし』『逢魔宿り』などが人気ですね。
――近年は澤村伊智さん、芦花公園さんなど、三津田さんの影響を公言するホラー作家も多くなっています。そうした状況をどうご覧になっていますか。
澤村さんにしても芦花公園さんにしても、折に触れて拙作を取り上げてくださるのでありがたいです。優れた後進の活躍を見守りながら、後はのんびりとホラー映画を観たり、本を読んだりして暮らす。それでよいと思うのですが、なかなかそうもいかない……かなぁ(笑)。ホラーミステリを書き続けて、四半世紀も作家をやってこられたのは、ひとえに拙作を応援してくれた読者のおかげです。これからも自分にしか書けない作品を発表したいと思っています。
が、その一方で面白いものを生み出せないと気づいたら、潔く筆を折るべきだろうとも考えています。そういう矜持は持っていたいです。
