「家なんて買わなきゃよかった」…〈住宅ローン月14万円〉30代夫婦“夢の新築マイホーム”購入から6年、賃貸マンションへ戻る決断をした夜
家を「買う」か「借りる」か――。人生の大きな分岐点ともいえるこの選択に、頭を悩ませる人は少なくありません。以前ほど“マイホームを持って一人前”という価値観は強くなくなったとはいえ、周囲の友人や同僚が次々と家を購入していけば、焦りを感じることもあるでしょう。しかし、人生には“想定外”がつきものです。家を買ったことで、生活もままならぬほど追い詰められてしまうケースも。見ていきましょう。
「今買わないで、いつ買うの?」妻の言葉に、夫が決断
「いつまでも賃貸っていうのも、どうなのかな。そろそろちゃんと考えない?」
妻の奈緒さん(仮名・32歳)からそう切り出されたのは、会社員・敦さん(36歳・仮名)が仕事から帰宅した、ある夜のこと。敦さんの年収は650万円。奈緒さんは「2人目がもう少し大きくなるまで」と、期間限定の予定で、専業主婦として小学生と幼稚園児の子どもを育てていました。
当時、4人家族が暮らしていたのは、駅から徒歩10分ほどの賃貸マンション。家賃は月15万円でした。敦さん自身は、住宅購入にそれほど積極的ではありませんでした。数千万円単位の借金を抱えることに少し抵抗があったからです。
「今の家で困ってないじゃん」と答えると、奈緒さんはスマートフォンの画面を見せてきました。近所に完成したばかりの新築マンションの広告です。
「リコちゃんのママがここ買ったんだって。あそこ、家族構成や年齢がうちとほとんど同じでしょ? それで、うちも買ったほうがいいと思ったの。手狭になってきたしね」
実家が持ち家だった奈緒さんにとって「家を持つ」というのはごく自然な人生設計。それに加えて、周囲でマイホームを購入する家庭が増えたことも、買いたいという気持ちを後押ししていました。
「貯金だって800万円あるし。私もそのうち働くつもりだから。ね?」
その言葉に背中を押され、敦さんも住宅購入を決断しました。2人が選んだのは3LDK、5,500万円の新築マンション。頭金を500万円入れ、残りは住宅ローン(35年・変動型)で5,000万円。毎月の返済額は14万円弱、年間では約160万円です。
さらに管理費・修繕積立金・固定資産税などを月換算すると、住居費はローンとは別に月4万円ほどかかります。賃貸時代より負担は増えましたが、「節約を頑張ろう」「2人で働くようになるから大丈夫」――そう考えていました。
新居は広いリビングに新しいキッチン。子どもたちも大喜びです。
「やっぱり買ってよかったね」
奈緒さんの笑顔を見て、敦さんも「思い切って決断してよかった」と思っていました。ところが、6年後。奈緒さんが涙声でこう漏らすことになります。
「家なんて買うんじゃなかった……」
想定外の連続
夫婦にとっての大きな誤算は、購入時に描いていた収入の見通しが崩れたこと。敦さんの勤務先では業績が悪化し、賞与が大幅にカット。年収は650万円から550万円まで減少しました。さらに大きかったのは、「フルタイムで働く」と話していた奈緒さんが、思うように働けなかったことです。
下の子が学校を休みがちになり、急な呼び出しも増加。家事や子育てと両立しながら働くことが難しくなりました。「もう、体力がもたない」と、正社員として働くことは断念し、アルバイトをする程度に。年収は100万円にも届きません。
夫婦合わせても世帯年収は650万円未満。しかも、そこから税金や社会保険料などが引かれます。一方、住宅関連費だけで月18万円程度で、手取り収入に対してみれば、住居費だけで4割強を占める計算になります。
6年前にはまだ小さかった子どもたちも、成長すれば食べる量が増え、衣服や日用品にもお金がかかります。さらに、上の子は中学生になり、学校関係の費用や習い事、塾など、教育費も膨らんでいきました。節約しようと思ったはずが、現実的にはそれが難しい状況だったのです。
購入時に800万円あった預金は、6年で250万円ほどまで減っていました。家族旅行などの贅沢はできなくなり、夫婦の口論も増えていきました。
「今月も貯金から出さないと足りないわ……」
「俺の給料が減ったからな。でも、その分小遣いも削ってるんだぞ」
「私だって働けるなら働いてる。そうやってすぐイライラするのやめてよ」
ピリピリした家の雰囲気に、子どもたちも親の機嫌を窺うような素振りが増えました。「このままでは家族がおかしくなる」――夫婦は決断を迫られました。
家を欲しがっていた妻、苦渋の決断
「家、売りましょう」
そう切り出したのは、奈緒さんのほうでした。
「本気か?」
「うん。このままローンのために生活するのは違うと思う。家は欲しかった。でも、こんな風になるぐらいなら買うんじゃなかった……今はそう思ってる。子どものためにもならないよ」
せっかく購入したマイホーム。子どもたちとの思い出もあり、この先も家族で一緒に暮らしていく未来を思い描いていました。奈緒さんも、家を欲しがっていたからこそ、売却に迷いがなかったわけではありません。
「ここを手放したら、もう家を買えないかもしれないぞ」
「うん……それでもいい。家を持つことより、家族が笑顔で暮らせることのほうが大事だと思うの」
最終的には、子どもたちのことを考え、売却を決断。幸い購入後に周辺の不動産価格が上昇していたため、購入時より高い価格で売却。ローンを返済したあとも数百万円が手元に残りました。
「もうローンに追われる生活はしたくない」
一家は以前より少し駅から離れた賃貸住宅へ引っ越しました。以前のマンションほど設備が充実しているわけではなく、見劣りするのは事実です。それでも、敦さんは売却を後悔していません。
「賃貸だから、収入が減ったら家賃の安いところに移れる。家族の状況が変わったら、また引っ越せばいい。そう考えられるだけで、ずいぶん違いますよ」
奈緒さんも、「あのまま無理していたら、家族のほうが壊れていたかもしれない。今の方がずっと身軽です」と振り返ります。
「持ち家=安心」とは限らない
全国宅地建物取引業協会連合会の「2024住宅居住白書」によると、「持ち家派」はマンション・集合住宅16.9%、一戸建て46.4%で、合計63.3%。一方、賃貸派はマンション・集合住宅17.8%、一戸建て2.3%で、合計20.1%でした。
持ち家を選ぶ理由の上位は、「家賃を払い続けることが無駄に思えるから」(55.8%)、「落ち着きたいから」(40.2%)、「老後の住まいが心配だから」(32.9%)確かに、どれも多くの人が共感しそうな理由です。
ただ、住宅ローンは、長期間にわたって返済する大きな借金であるという前提は忘れてはなりません。敦さん一家は不動産価格の上昇によって、大きな損失を出さずに売却できました。しかし、もし価格が下落していれば、住宅ローンを完済できず売るに売れない“どん詰まり”にはまっていた可能性もあります。
多くの場合、購入時には将来を楽観的に考えるものです。もちろん、すべてのことが予想できるわけではありません。それでも、「もし今の収入が続かなかったら」「もし妻も予定どおり働けなかったら」「もし生活費が想定以上にかかったら」……そんな「もし」をできるだけ想定して、無理のないローンを組んでおく。それが、いざというときに家族の暮らしを守るための備えになるのです。

