【内田雅也の追球】ざわめきの中の“驚弾”
◇セ・リーグ 阪神5─1巨人(2026年8月12日 東京ドーム)
森下翔太に続き、佐藤輝明が放った2者連続本塁打にはいくつか驚く点があった。3回表1死からの連続ソロである。
佐藤輝は森下が本塁打を放った直後の打席を苦手としていた。前日まで23打数4安打(2四球)で打率1割7分4厘でしかなかった。本塁打で続いたのは7月14日・中日戦(バンテリンドーム)での1本だけだった。
阪神・岡田彰布オーナー付顧問(前監督)は球宴まで前半戦の佐藤輝について「目の前で(森下に)あれだけ打たれて調子を崩すのを何度かあった」と話していた。さすがに力むのだろう。
ところが、この夜は見事に打った。巨人先発、左腕・井上温大の真ん中フォークを右翼席にライナーで運んだ。
しかも初球を打った。森下が中堅バックスクリーン右へ28号を放ってから、まだ1分もたっていなかった。東京ドームには阪神ファンの歓喜と興奮、巨人ファンの落胆とため息が交錯していた。そのざわめきを一瞬で大歓声にかえたのだった。
掛布雅之は前の打者が本塁打を放った直後の打席では初球を待つと話していたのを覚えている。
今や伝説のバックスクリーン3連発の時もそうだった。1985(昭和60)年4月17日の巨人戦(甲子園)。2点を追う7回裏2死一、三塁、槙原(寛の目の右下に「、」)己からランディ・バースが逆転3ランを放った。直後に打席に入った掛布は初球のストライクをあえて見送った。「球場が興奮している空気が冷めるのを待った。槙原と掛布の対決になるように気を配った」。2球目はボール。続く高め速球を打ったのだった。
ざわめきや余韻が残るなかでは、打ちづらいのである。「投手は自分の間(ま)を持つ」と詩人ロバート・フロストも書いているが、打者も自分の空気にしたいわけだ。
佐藤輝はヒーローインタビューで「初球でね。とらえることができたんで。森下に続けて良かったです」と話していた。
集中力を高め、頭を整理して打席に入れているのだろう。いわゆるゾーンに入った心理状態かもしれない。完全に没頭していれば、周囲の雑音は聞こえない。ざわめきも余韻も関係なくなる。
もう一つ。1回表、左前先制打を放った際、一、二塁間で挟撃されながら粘り、生き残った走塁は価値がある。1死一、三塁が残り、大山悠輔の犠飛で2点目を呼び込んだのである。 =敬称略= (編集委員)

