「村上世彰さんは人間の心理とかも突いてくる」金光修、清水賢治らフジメディアHD社長と対峙 村上が完遂させた“20年目の復讐劇”〉から続く

 村上世彰は2006年6月に逮捕され有罪判決を受けた。

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 だが彼は、復讐を虎視眈々と狙っていた。

 愛娘を表舞台に立たせ、自らは陰で脚本を描く。

「これは僕の人生の問題です。フジテレビと決着をつけなければ――」

(初出:週刊文春2026年3月5日号掲載の大鹿靖明氏の連載第1回)

 村上世彰(66)は2025年5月、フジテレビの一連の不祥事を知って一戦交える覚悟を決めていた。親しい幻冬舎の見城徹社長にこう宣言している。

「これはもはや利害得失や経済合理性の問題ではないんです。僕の人生の問題です。僕の人生の総決算としてフジテレビと対峙し、最終的な決着をつけなければなりません。これは民放を正しい方向に導く機会なんです。僕は並々ならぬ決意でいます」


村上氏 ©時事通信社

 いま振り返ってみると、これはけだし“名言”である。これから起きることがすべて、このカギカッコ内に凝縮されているからである。すなわち、株主として民放のフジを「正しい方向に導く」という経営改革の意志と、そして「僕の人生の問題」という私怨に基づく復讐とである。

 思えば、村上には常に2つの顔が同居していた。非効率で日本的な経営を株主の立場から是正しようという株式市場の改革者の顔と、冷徹なまでに利益を追求する「シャイロック」的な相貌と。彼はさながら、前後に2つの顔を持つ古代ローマのヤヌス神のようであった。

「週刊文春」が一連のフジのスキャンダル報道の第1弾を放った24年12月以降、フジは相次ぐ醜聞によって自壊していった。

 それを好機とみた村上は翌25年1月、フジを中核会社とするフジ・メディア・ホールディングス(FMH)に触手を伸ばしている。村上がどうFMHを追い込み、たった1年で少なくとも340億円ものカネを巻き上げたのか、その全手口を解剖する。

 村上はフジテレビの問題が相次いで報じられるようになった25年1月、伝手のありそうな経済人に「日枝(久・取締役相談役。当時)さんを紹介してほしい」と頼み込んだ。その経済人いわく「村上さんは『僕は日枝さんの味方をしたいんです。ぜひ紹介してください』と言ってきましたが、本当かなぁ、と思って、もちろん断りましたよ」。もっとも警戒心の強い日枝ゆえ、村上の要望を聞くわけもなかっただろう。

 そもそも村上は、日枝とは旧知の間柄だった。彼はいまから30年近く前、フジサンケイグループの弱点を初めて見つけた男だったからである。小のニッポン放送が大のフジを従える資本構造のいびつさを見抜き、割安なニッポン放送株を買い集めた。このとき彼は何度も日枝と対峙し、資本構造を是正させようと、ニッポン放送への株式公開買い付け(TOB)を誘導している。

 日枝が重い腰をあげて05年1月、TOBを実施すると発表すると、村上はお台場のフジ本社に赴いて日枝に土下座せんばかりに膝を屈し、謝意を伝えている。

3月27日の宣戦布告

 ところが、である。

 彼は瞬く間に踵を返し、ライブドア社長の堀江貴文に「フジテレビが手に入るよ」と妙味を教え込んだ。堀江をその気にさせて05年2月、ライブドアによるニッポン放送への敵対的買収を仕掛けさせ、自身はその瞬間、大半の持ち株を売り抜けた。

 村上はそういうことをやる男なのである。

 やがて堀江たちが一網打尽に逮捕されると、東京地検特捜部は堀江の背後に村上がいると初めて認識した。村上は06年6月、インサイダー取引の疑いで特捜部に逮捕されている。

 村上は逮捕された日に東京証券取引所の記者クラブで開いた会見で「聞いちゃったと言えば聞いちゃった」と“罪”を認め、「僕はもうこの世界に戻ってこない」と歌舞伎役者のように大見得を切った。

 それなのに法廷では態度を一変させ、無罪判決を目指している。しかし、一審の東京地裁では懲役2年の実刑判決だった。戦術を変えて、無罪主張をしつつも執行猶予の獲得を目指さざるを得ない。二審の東京高裁の懲役2年、執行猶予3年の判決が、11年6月、最高裁で確定している。

 無罪とはならなかった。

 執行猶予がついたとはいえ、有罪判決を下されてしまった。灘中高、東大、通産省とエリートコースを歩んできた彼にとって屈辱であった。

 いささかなりとも理念や理想があった以前とは打って変わって、それ以降の彼はもはや怨念を募らせたルサンチマンの男と化していった。

「村上ファンド」と呼ばれていた時代は、オリックスをはじめ、米国の大学基金や年金基金など大口の機関投資家に出資してもらっていたが、有罪判決後は、村上家のファミリービジネスに転じている。株式市場を荒らしまくる資金は、すべて自身の手金なのだ。「この世界に戻ってこない」と宣言していたのに、前言を翻して舞い戻ってきた。

 そんな村上にとってフジは何としても復讐しなければならない相手であった。

(文中敬称略、続く)

(おおしかやすあき/1965年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1988年、朝日新聞社入社。『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』で講談社ノンフィクション賞を受賞。ライブドアや村上ファンドを描いた『ヒルズ黙示録』でデビュー。ほかに『金融庁戦記』『東芝の悲劇』など。38年間、現場記者ひとすじ。朝日新聞社を退社し、フリーに。)

〈「この人だからね、俺を塀の中に突き落としたのは」長女を同伴してフジ幹部と面談…村上世彰が見せた“私怨”の意味《株主総会前の攻防》〉へ続く

(大鹿 靖明/週刊文春 2026年3月5日号)