山西惇「京大入学後、勉強以外の好きなことを見つけたいと〈劇団そとばこまち〉に入団。卒業後一度は就職したものの…」
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第54回は俳優の山西惇さん。京都で生まれ、中学・高校と進学校に通い京都大学に入学した山西さん。そこで「劇団そとばこまち」のチラシを受けとり――。(撮影:岡本隆史)
【写真】劇団そとばこまちの舞台に出ていた頃(1994年)の山西さん
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大学の健康診断でチラシをもらい
ドラマ『相棒』の角田課長役として広く知られている山西惇さんだが、私にはやはり、井上ひさし作の『人間合格』や『きらめく星座』『雨』などの名舞台のインパクトが強い。
最近では、これも井上戯曲の『泣き虫なまいき石川啄木』や山崎豊子原作の『大地の子』、また彩の国シェイクスピア・シリーズでは『リア王』のグロスター伯爵役と、舞台出演が続いている。
とりわけ『大地の子』の陸徳志(ルートゥチ)は、戦後の日本人残留孤児の勝男(井上芳雄)を深い慈愛で包む中国人役で、その静かな佇まいがすべてを物語る舞台姿に感動させられた。
――京都で生まれ育って、父は建築家、専業主婦の母は芝居好き。よく南座へ行ってましたが、僕を連れてってはくれませんでした。
演劇らしいこととの初めてのかかわりは、中学高校時代、年に一回の文化祭で仮装してコントみたいな出し物をやったことですかね。男子校だったので女装するとウケるんですよ。僕は友達とピンク・レディーさんの扮装で一曲歌ったりしてました。(笑)
京都大学に入学後すぐに健康診断があって、その時に演劇サークルの「劇団そとばこまち」のチラシを配ってたんですね、先輩が。中学・高校と進学校に通ってようやく京大に入れたので、勉強以外の好きなことを見つけたいなと思ってた時でした。
当時、梅田にあったオレンジルームでその劇団公演があるというので、すぐ観に行ったら、まぁ、とっても面白くて。『中華風倭人伝』っていう芝居。そこに辰巳琢郎さんが座長で出てました。
生で演劇に触れたのはその時が初めてで、こんなすごい世界があるんだなと……。それからはつかこうへい事務所とか状況劇場とか、よく観に行くようになりました。ですから、「そとばこまち」のチラシを受け取ったのが第1の転機ですかね。
当時、学生演劇ブームで、東の「夢の遊眠社」、西の「そとばこまち」と言われていた。
――ええ、東大駒場キャンパスにまだ駒場小劇場があって、観に行ったこともありますよ。
劇団2年目のときに、生瀬(勝久)さんが入ったんです。彼は同志社大学の喜劇研究会で落語や漫才をやってたんですが、マキノノゾミさんの劇団に出ているのを辰巳さんが観に行って、面白いやつがいるからうちに入れる、ってなった。
劇団では僕が先輩だけど、歳は向こうが僕より二つ上。京都女子大学の学生も含めて、当時は60人くらい劇団員がいました。
でも、大学卒業後も芝居の道に進む人はほとんどいなくて、辰巳さんが朝ドラのオーディションを受けて通ったのが例外的でした。生瀬さんも就職が決まったけど、人生は一回きりだから好きなことをやる、と思って辞めた、って話を聞いた。
僕はあんまり芝居が好きすぎて、それを仕事にしちゃうと、この楽しさが削がれちゃうんじゃないかと思って。就職してその合間で芝居に関わることができたらいいな、という気持ちで会社員生活を選びました。
それでも結局は会社を辞めて演劇の道に。
――僕は合成潤滑油のメーカーに勤めていたんですが、会社員2年目の時、生瀬さんがそとばこまちの座長になったので、僕もちょっと手伝いたいという気持ちが芽生えたんです。それで再び劇団に参加するようになり、退勤後は終電ギリギリまで稽古場に通う毎日。
3年目、初めての東京公演を下北沢の本多劇場で打つことに。『冬の絵空』という、忠臣蔵をベースにした芝居なんですが、僕は天野屋利兵衛、生瀬さんが討ち入りしたくない大石内蔵助(笑)。当時、小劇場ブームみたいなのがあったんで、5日間くらいの公演でした。
ところがちょうど同じタイミングで、会社からハワイ出張の話をもらったんです。4年近く勤めたので、半分ご褒美でもあったんですけど、それが東京公演と重なった。
このままでは両方に迷惑をかけると思って、生瀬さんに相談したら「食うくらいは大丈夫なんとちゃう?」と言われて、会社を辞めました。これが第2の転機ですね。
この時、両親は大騒ぎで、家族会議とかになったんですけど、後々話を聞いたら会社と芝居を並行してやってた頃のほうが心配で、早くどっちかに決めればいい、と思ってたとか。なんか、これも後々聞いた話では親父もお袋も学生演劇で出会ったらしい。
この間、2人が扮装してる写真が出てきて、なあんだ、と思いましたよ。僕が芝居の沼にハマることは2人ともわかってたみたいで、大学に入学してすぐ劇団に入った時、ついに来たか、って。(笑)
<後編につづく>

