「目ん玉くり抜くぞ!」と脅し、独居房は「写真集」まみれ…凶悪死刑囚たちの知られざる「獄中生活」 身の回りの世話をした元受刑者が証言
最近、死刑執行が少なくなったと感じる向きも少なくないだろう。直近では昨年6月、座間9人殺害事件・白石隆浩死刑囚が極刑に処されたが、これは2年11カ月ぶりの執行。法務省が死刑執行の事実と人数の公表を始めた1998年以来、最長の空白期間となった。2020年以降を見ると、他には2021年に3名、2022年に1名が執行されたのみで、未執行の確定死刑囚は今年4月時点で101名を数えている。
【写真を見る】獄中でも「まったく反省していない」著名凶悪死刑囚たちの顔と表情
執行のペースがゆるやかになっている背景には、やはり「袴田事件」袴田巌さんの再審無罪確定(2024年)の影響が少なくないだろう。内閣府が行った同年の世論調査でも、死刑制度を廃止すべきだと答えた割合は16・5%。5年前の9%から急増している。7月、特別国会では、審理の迅速化などを図る再審制度の見直し法案が可決、成立したばかりである。

死刑が確定してから刑が執行されるまでの期間は、刑事訴訟法で半年以内と定められている。一方で、執行までの平均期間は、2015〜2024年に執行が行われた者の場合で9年6カ月。制度が厳格に運用されていないとの批判の声も根強い。
死刑制度の改善を訴える動きも相次いでいる。再審請求中に刑を執行されたことは弁護権の侵害だとして、さる元死刑囚の弁護人が起こした訴訟では、5月、大阪高裁で請求が棄却された。また、大阪拘置所の死刑囚3名が「絞首刑は残虐だ」として、執行の差し止めを求めた裁判でも1月、大阪地裁で訴えが却下されている。
果たして、死刑囚を巡る国の処遇は適正なのか――。それを判断するヒントとなるのが、彼らの拘置所での生活の実態を知ることだ。死刑囚が拘置所内でどのように暮らし、何を考えて日々を過ごしているかは、厚い壁に阻まれ、表に出てくることはほとんどないが、「週刊新潮」では2013年、東京拘置所で死刑囚らの身の回りの世話をしてきた「衛生夫」にインタビュー。その秘められた実態を明らかにしている。当時の記事を再録し、死刑囚の待遇や死刑制度について思考を巡らす一助としてみよう。
【前後編の前編】
(「週刊新潮」2013年7月25日号記事を一部修正の上、再録しました。文中の年齢、役職等は当時のものです)
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「特殊役場」
語るのは、最近まで、東京拘置所(東拘)で「衛生夫」として服役してきた30代の男性である。
数年前にある事件で逮捕され、実刑判決を受けたこの男性は、通常であれば刑務所に送られ、懲役に服するはずの身であったが、高学歴で拘置所内での素行が良かったこともあってか、そのまま葛飾区小菅の東拘で服役することになった。
「私は数年にわたって死刑囚の食事の配膳やフロアの掃除、身の回りの世話を行い、生身の彼らと接してきました。その中で“外”の世界の人が知ることのない死刑囚の素顔を間近で見ることが出来たのです」
東拘は、12階建ての建物がA棟からD棟まで立ち並ぶ日本最大の拘置所だ。男性が担当となったのはある棟の上階のフロア。死刑囚が多数収監されるため、関係者はこのエリアを「特殊役場(えきじょう)」と称し、当時は66の独居房に20名前後の死刑囚が入って、定められた範囲での食事や入浴、運動などをしながら執行の時を待っていた。
まったく反省していない
その1人が、「埼玉愛犬家連続殺人事件」の関根元死刑囚(71)。ペットショップを経営、前妻と共謀し、93年に4人を殺害してバラバラにした凶悪犯である。
「関根は、自分に便宜を図ってもらおうと、必ず衛生夫を手なずけようとするのです。私もしょっちゅう“何か食べたいものはない? 買ってあげるからさあー”“大丈夫、親父(=刑務官)には言わないからさあー、君が好きだからあげようと思うんだ”などと言われました。別の衛生夫には、“俺には隠し財産がある。それを君に託す”などと書かれている手紙を渡したこともあるくらい。しかしこの誘いに乗らないと彼はキレる。先輩の衛生夫を“箸で目ん玉くりぬくぞ!”などと脅したこともありました。だから、関根はフロアの最大の要注意人物。房の中で作業をする際、刑務官には“あいつが動く時は気を付けろ!”“背中を見せる時はよく注意しておけ!”と言われたものです」
アメとムチで人を意のままにコントロールしようとする。関根の本性は、外界にいた時から何ら変わっていないように見える。
「関根はまったく反省なんてしていません。事件について“俺はミンチにしただけだ。他にも加担したヤツがいる”なんて言っていましたし、もちろんハッタリだとは思いますが、“他にもバレていない殺人がある”と言っていたことも。とにかく、自分を大きく見せ、周囲を思い通りに操ろうと考えている人間でした」
房は臭くて仕方がない
罪と向き合わないという点においては、「池袋通り魔殺人事件」の造田博死刑囚(37)も同様であった。“ウォーむかついた! ぶっ殺す!”――99年、池袋の東急ハンズ前で突如叫び、包丁と金槌で路上の2名を殺害した造田も、ここでその時を待つ身だ。
「造田は何もしゃべらず、下を向いて一日を過ごしています。“お茶要りますか?”と聞いても、やや間を置いて手でバッテンの合図をするくらいで、私は彼の声を一度も聞いたことがありません。また、汚くてどうしようもない人間で、シャツも洗濯しないから、白いシャツが真っ黄色になってしまっているんです。トイレも絶対に流さないので、房は臭くて仕方がない。一言で言えば廃人同然の人物で、扱いにくさでは、フロアで屈指でした」
写真集が平積みに
ひたすら欲望に従順な者もいた。とりわけ印象に残った1人が、オウム真理教の早川紀代秀死刑囚(64)だったという。
「早川はただのスケベ親父。写真集を大量に購入し、房に平積みにしていました。しかも、彼が買うのは、『バチェラー』『東欧の妖精』などという、東欧や北欧、ロシアの女性が写ったものばかりだったのです」
事件の前は、教団の武装化のため、しばしばロシアを訪れていた早川。その時にそちらの“趣味”も生まれたのだろうか。
「彼は読むための本と、保管するための本を、必ず1冊ずつ購入するのです。だから写真集が畳から50センチほどの高さになるまで溜まった。フロアでは、半年に一度、房を引っ越す『定期転房』を行います。その際、荷物を移動するのは僕らの仕事なのですが、早川は前と後で少しでも置く位置がズレると、すぐに怒る。そんな些細なことでよく怒鳴られたものでした」
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この記事の掲載から13年の歳月が流れた。上記の関根は2017年に東拘で病死、翌2018年には、麻原彰晃ら他のオウム真理教幹部たちと共に、早川に死刑が執行されている。一方、造田は未だに拘置所内で生活している。今でも同様の暮らしぶりを続けているのだろうか。
【後編】では、オウムの別の幹部たちの生活ぶりや、執行が行われた日の死刑囚たちの様子について詳述する。執行の日、死刑囚フロアに響き渡った「音」とは――。
デイリー新潮編集部
